呻吟語 / 内篇・談道・念頭切なるか、嚮往力あるか
學術要辨邪正。既正矣,又要辨真偽。既真矣,又要辨念頭切不切、嚮往力不力,無以空言輒便許人也。
新字:学術要弁邪正。既正矣,又要弁真偽。既真矣,又要弁念頭切不切、嚮往力不力,無以空言輒便許人也。
書き下し
學術は邪正を辨ずるを要す。既に正しければ、又た真偽を辨ずるを要す。既に真なれば、又た念頭の切なるか切ならざるか、嚮往の力あるか力あらざるかを辨ずるを要す。空言を以て輒ち便ち人を許す無かれ。
現代語訳
学問はまず正しいか邪であるかを見分けねばなりません。正しいと分かれば、次に本物か偽物かを見分けねばなりません。本物だと分かれば、次にその思いが切実かどうか、向かう力があるかどうかを見分けねばなりません。口先の言葉だけで、簡単に人を認めてはいけません。
解説
人を見る目に、三段の関門を置きます。第一に正邪、第二に真偽、第三に切実さと力です。ここまで来て初めて認めよ、と。とくに第三の関門が実際的で、正しくて本物であっても、思いが切実でなく向かう力が無ければ、まだ認めるに足らないと言います。言っていることが立派な人は多い。しかし動き出す力があるかどうかは、言葉では測れません。人を採る者への実務的な助言です。
この章句が説くこと
人物評価正邪真偽切実力
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