呻吟語 / 内篇・談道・惟だ中道のみ名無し
惟平脈無病,七表、八裡、九道,皆病名也;惟中道無名,五常、百行、萬善,皆偏名也。
新字:惟平脈無病,七表、八裡、九道,皆病名也;惟中道無名,五常、百行、万善,皆偏名也。
書き下し
惟だ平脈のみ病無し。七表・八裡・九道は、皆な病の名なり。惟だ中道のみ名無し。五常・百行・萬善は、皆な偏の名なり。
現代語訳
平らかな脈だけが病ではありません。七表、八裏、九道と呼ばれる脈は、みな病の名です。中道だけが名を持ちません。五常も百行も万善も、みな偏りの名です。
解説
脈診の用語を借りた、鮮やかな一段です。健康な脈にだけ名前が無く、名がつくものはすべて病である。同じように、中道にだけ名が無く、仁だの義だのと名のつくものはすべて偏りの名だと言います。徳目を並べて覚えることに慣れた読者には、足元がぐらつく指摘でしょう。名前がつくということは、そこだけが目立っているということ。つり合いが取れているものは、名を必要としないのです。
この章句が説くこと
中道名偏り五常均衡
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