呻吟語 / 内篇・談道・才かに五と說へば情種を著く
性,只有一個,才說五便著情種矣。
新字:性,只有一個,才説五便著情種矣。
書き下し
性は、只だ一個有るのみ。才かに五と說へば便ち情種を著くるなり。
現代語訳
性はただ一つしかありません。少しでも五つだと言えば、そこに感情の種が貼りついてしまいます。
解説
仁義礼智信の五つに性を分けた途端、それは性ではなく感情の側の話になる、という指摘です。分けることで扱いやすくなる代わりに、もとの一つが失われる。前に出てきた、同じだと言った途端に違ってしまうという一行と同じ構えです。分類は理解の助けだが、対象そのものではないという注意になっています。分けて理解したつもりが、遠ざかっていることもあるのです。
この章句が説くこと
性分類五常感情一
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