呻吟語 / 内篇・談道・夫れ焉んぞ倚る所有らんや
「夫焉有所倚」,此至誠之胸次也。空空洞洞,一無所著,一無所有,只是不倚著。才倚一分,便是一分偏;才著一釐,便是一釐礙。
書き下し
「夫れ焉んぞ倚る所有らんや」、此れ至誠の胸次なり。空空洞洞として、一も著くる所無く、一も有する所無し。只だ是れ倚著せざるのみ。才かに一分倚れば、便ち是れ一分の偏なり。才かに一釐著けば、便ち是れ一釐の礙なり。
現代語訳
いったいどこに寄りかかる所があるだろうか。これがこの上ない誠の人の胸の内です。がらんとして空っぽで、貼りつくものも持つものも一つとしてありません。ただ寄りかからないだけです。一分だけ寄りかかれば、それが一分の偏りになります。わずかに貼りつけば、それがわずかな引っかかりになります。
解説
中庸の一句から、寄りかからないことの意味を引き出します。がらんとして何も持たないのは、無気力ではなく、どこにも重心を預けていない状態です。そして偏りは寄りかかった分だけ、引っかかりは貼りついた分だけ、正確に生じると言います。少しくらいなら、が効かない。この定量的な言い方が印象に残ります。寄りかからない人だけが、どこへでも動けるということです。
この章句が説くこと
中庸偏り無執着誠重心
関連する章句
-
『武士道』第七章 至誠信實・礼に過ぐれば諂いとなる礼もし誠を欠かば諧謔となり、狂言となる。伊達政宗曰はく、『礼に過ぐれば諂ひとなる』と。又た菅公が誠の歌に、『心だに誠の道にかなひなば、祈らずとても神や守らん』とあるは、ポローニアスが、『自から已に誠なるべし。さらば人に誠無き能はず』との訓言に比するに、義はなはだ深し。子思は『中庸』に於て誠を崇め、之れに超自然力を帰し、而も殆ど其力を神明と同視す。『誠は物の終始なり。誠ならざれば物無し。是の故に君子は之を誠にするを貴しと為す』と曰ひ、且つ流麗快達の弁を以て、至誠息むこと無く、悠遠博厚、又た高明、動かさずして変じ、無為にして成すと説く。其旨の深玄にして神秘の妙域に騁するより、人の或は『誠』の一字を解けば、『言』と、完全の義ある『成』との二字より成れるを以て、之を新プラトン学説の『ロゴス』(道)に比儔せんとすることあり。
-
伝習録・答聶文蔚 二蓋し良知は只だ是れ一個の天理の自然に明覚し発見する処なり。只だ是れ一箇の真誠惻怛、便ち是れ他の本体なり。故に此の良知の真誠惻怛を致して以て親に事うれば便ち是れ孝なり。此の良知の真誠惻怛を致して以て兄に従えば便ち是れ弟なり。此の良知の真誠惻怛を致して以て君に事うれば便ち是れ忠なり。只だ是れ一個の良知、一個の真誠惻怛なり。若し是れ兄に従うの良知、其の真誠惻怛を致す能わずんば、即ち是れ親に事うるの良知、其の真誠惻怛を致す能わざるなり。君に事うるの良知、其の真誠惻怛を致す能わずんば、即ち是れ兄に従うの真知、其の真誠惻怛を致す能わざるなり。故に事君の良知を致し得れば、便ち是れ従兄の良知を致し却るなり。従兄の良知を致し得れば、便ち是れ事親の良知を致し却るなり。事君の良知を致す能わずして、却って須らく又た事親の良知の上より去きて擴充し将ち来たるべきに非ず。此くの如くんば又た是れ本原を脱却して、支節の上に着きて求むるなり。良知は只だ是れ一個なり。他の発見流行する処に随いて、当下、具足す。更に去来無く、仮借を須いず。然れども其の発見流行する処は、却って自ら軽重厚薄有りて、毫髪も増減を容れざる者なり。所謂る「天然自ら有るの中」なり。軽重厚薄、毫髪も増減を容れずと雖も、而も厚も又た只だ是れ一個なり。只だ是れ一個なりと雖も、而も其の間の軽重厚薄は、又た毫髪も増減を容れず。若し増減を得べく、若し仮借を須いば、即ち已に其の真誠惻怛の本体に非ざるなり。此れ良知の妙用、方体無く、窮尽無く、大を語れば天下も能く載する莫く、小を語れば天下も能く破る莫き所以なる者なり。
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「仲尼は已甚だしきを為さざる者なり。」
-
論語・先進篇子貢問う、「師と商とは孰れか賢れる。」子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」曰く、「然らば則ち師愈れるか。」子曰く、「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」
-
孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「伯夷は其の君に非ざれば事えず。其の友に非ざれば友とせず。惡人の朝に立たず。惡人と言(ものいう)わず。惡人の朝に立ち、惡人と言うは、朝衣朝冠を以て塗炭に坐するが如し。惡を惡むの心を推すに、ᰰ人と立ちて、其の冠正しからざれば、望望然として之を去り、將に浼(けがす)されんとするが若く思う。是の故に諸侯其の辭命を善くして至る者有りと雖も、受けざるなり。受けざる者は、是れも亦た就くを屑しとせざるのみ。柳下惠は汙君を羞ぢず、小官を卑しとせず。進んで賢を隱さず、必ず其の道を以てす。遺佚せられて怨みず、阨窮して憫えず。故に曰く、『爾は爾為り、我は我為り。我が側に袒裼裸裎すと雖も、爾焉くんぞ能く我を浼さんや。』故に由由然として之と偕にして自ら失わず。援(ひく)いて之を止むれば止まる。援いて之を止むれば止まる者は、是れ亦た去るを屑しとせざるのみ。」孟子曰く、「伯夷は隘なり。柳下惠は不恭なり。隘と不恭とは、君子由らざるなり。」
-
論語・雍也篇子曰わく、中庸の徳たるや、その至れるかな!民、鮮(すくな)きこと久し。