伝習録 / 答聶文蔚 二
蓋良知只是一個天理自然明覺發見處,只是一箇真誠惻怛,便是他本體。故致此良知之真誠惻怛以事親便是孝,致此良知之真誠惻怛以從兄便是弟,致此良知之真誠惻怛以事君便是忠,只是一個良知,一個真誠惻怛。若是從兄的良知不能致其真誠惻怛,即是事親的良知不能致其真誠惻怛矣;事君的良知不能致其真誠惻怛,即是從兄的真知不能致其真誠惻怛矣。故致得事君的良知,便是致卻從兄的良知;致得從兄的良知,便是致卻事親的良知。不是事君的良知不能致,卻須又從事親的良知上去擴充將來。如此又是脫卻本原,著在支節上求了。良知只是一個,隨他發見流行處,當下具足,更無去來,不須假借。然其發見流行處,卻自有輕重厚薄,毫髮不容增減者,所謂「天然自有之中」也。雖則輕重厚薄,毫髮不容增減,而厚又只是一個。雖則只是一個,而其間輕重厚薄,又毫髮不容增減。若可得增減,若須假借,即已非其真誠惻坦之本體矣。此良知之妙用,所以無方體,無窮盡,語大天下莫能載,語小天下莫能破者也。
新字:蓋良知只是一個天理自然明覺発見処,只是一箇真誠惻怛,便是他本体。故致此良知之真誠惻怛以事親便是孝,致此良知之真誠惻怛以従兄便是弟,致此良知之真誠惻怛以事君便是忠,只是一個良知,一個真誠惻怛。若是従兄的良知不能致其真誠惻怛,即是事親的良知不能致其真誠惻怛矣;事君的良知不能致其真誠惻怛,即是従兄的真知不能致其真誠惻怛矣。故致得事君的良知,便是致卻従兄的良知;致得従兄的良知,便是致卻事親的良知。不是事君的良知不能致,卻須又従事親的良知上去擴充将来。如此又是脫卻本原,著在支節上求了。良知只是一個,随他発見流行処,当下具足,更無去来,不須仮借。然其発見流行処,卻自有輕重厚薄,毫髪不容增減者,所謂「天然自有之中」也。雖則輕重厚薄,毫髪不容增減,而厚又只是一個。雖則只是一個,而其間輕重厚薄,又毫髪不容增減。若可得增減,若須仮借,即已非其真誠惻坦之本体矣。此良知之妙用,所以無方体,無窮尽,語大天下莫能載,語小天下莫能破者也。
書き下し
蓋し良知は只だ是れ一個の天理の自然に明覚し発見する処なり。只だ是れ一箇の真誠惻怛、便ち是れ他の本体なり。故に此の良知の真誠惻怛を致して以て親に事うれば便ち是れ孝なり。此の良知の真誠惻怛を致して以て兄に従えば便ち是れ弟なり。此の良知の真誠惻怛を致して以て君に事うれば便ち是れ忠なり。只だ是れ一個の良知、一個の真誠惻怛なり。若し是れ兄に従うの良知、其の真誠惻怛を致す能わずんば、即ち是れ親に事うるの良知、其の真誠惻怛を致す能わざるなり。君に事うるの良知、其の真誠惻怛を致す能わずんば、即ち是れ兄に従うの真知、其の真誠惻怛を致す能わざるなり。故に事君の良知を致し得れば、便ち是れ従兄の良知を致し却るなり。従兄の良知を致し得れば、便ち是れ事親の良知を致し却るなり。事君の良知を致す能わずして、却って須らく又た事親の良知の上より去きて擴充し将ち来たるべきに非ず。此くの如くんば又た是れ本原を脱却して、支節の上に着きて求むるなり。良知は只だ是れ一個なり。他の発見流行する処に随いて、当下、具足す。更に去来無く、仮借を須いず。然れども其の発見流行する処は、却って自ら軽重厚薄有りて、毫髪も増減を容れざる者なり。所謂る「天然自ら有るの中」なり。軽重厚薄、毫髪も増減を容れずと雖も、而も厚も又た只だ是れ一個なり。只だ是れ一個なりと雖も、而も其の間の軽重厚薄は、又た毫髪も増減を容れず。若し増減を得べく、若し仮借を須いば、即ち已に其の真誠惻怛の本体に非ざるなり。此れ良知の妙用、方体無く、窮尽無く、大を語れば天下も能く載する莫く、小を語れば天下も能く破る莫き所以なる者なり。
現代語訳
良知は、天理が自然に明らかに現れる所だ。ただ一つの真誠惻怛、それが本体だ。だからこの良知の真誠惻怛を致して親に仕えれば孝、兄に従えば弟、君に仕えれば忠だ。ただ一つの良知、一つの真誠惻怛だ。もし兄に従う良知が真誠惻怛を致せないなら、親に仕える良知も真誠惻怛を致せない。君に仕える良知が致せないなら、兄に従う真知も致せない。だから君に仕える良知を致せば、兄に従う良知を致したことになる。兄に従う良知を致せば、親に仕える良知を致したことになる。君に仕える良知を致せないからといって、親に仕える良知から広げてくるのではない。それでは本源を離れて、枝葉に求めることだ。良知は一つだけだ。現れ流れる所に随って、その場で満ち足りる。行き来もなく、借りる必要もない。ただ現れ流れる所には、自ずと軽重厚薄があり、毛筋ほども増減を許さない。「天然に自ずとある中」だ。軽重厚薄が毛筋ほども増減を許さないとはいえ、厚さもまた一つだけだ。一つだけだが、その間の軽重厚薄は、毛筋ほども増減を許さない。もし増減でき、借りる必要があれば、もう真誠惻怛の本体ではない。これが良知の妙なる働きが、形も限りもなく、大を語れば天下も載せられず、小を語れば天下も破れない理由だ。