呻吟語 / 内篇・談道・安んじて後能く慮る
「安而後能慮」,止水能照也。
書き下し
「安んじて後能く慮る」とは、止水の能く照らすなり。
現代語訳
心が安らいで初めてよく考えられる、というのは、止まった水がよく物を映すのと同じことです。
解説
大学の一句に、たった一つのたとえで答えた短い段です。動いている水は何も映さず、止まった水だけが姿を映す。考えが冴えないとき、足りないのは知識でも気合いでもなく、心の静けさだという診断になります。焦っているときほど考えようとしてしまう私たちの癖を、水面という一つの像で言い当てた、呻吟語の中でも覚えやすい一行です。
この章句が説くこと
安静思慮止水判断静けさ
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