呻吟語 / 内篇・談道・人一生道を聞かざるは、真に憐れむ可し
人一生不聞道 ,真是可憐!
書き下し
人一生道を聞かざるは、真に憐れむ可し。
現代語訳
人が一生のあいだ道を聞かないのは、まことに憐れむべきことです。
解説
わずか十三字の嘆きです。論語の、朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり、を裏返した形になっています。あちらが一度でも聞ければよいと言うのに対し、こちらは一度も聞かずに終わる人生を憐れむ。責める調子ではなく憐れむと言うところに、この書の構えが出ています。短いだけに、読む側が自分に当てはめやすい一句です。一生を費やして何も聞かないことがありうる、という前提が置かれています。
この章句が説くこと
聞道一生憐嘆短句
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