呻吟語 / 内篇・談道・一の求むる心有らば、便ち是れ偽なり
朱子云:「不求人知,而求天知。」為初學言也。君子為善,只為性中當如此,或此心過不去。天知、地知、人知、我知,渾是不求底。有一求心,便是偽,求而不得,此念定是衰歇。
新字:朱子云:「不求人知,而求天知。」為初学言也。君子為善,只為性中当如此,或此心過不去。天知、地知、人知、我知,渾是不求底。有一求心,便是偽,求而不得,此念定是衰歇。
書き下し
朱子云ふ、「人に知らるるを求めずして、天に知らるるを求む」と。初學の為に言ふなり。君子の善を為すは、只だ性中當に此くのごとくなるべきが為なり。或いは此の心過ぎ去らざればなり。天知り、地知り、人知り、我知るは、渾て是れ求めざる底なり。一の求むる心有らば、便ち是れ偽なり。求めて得ざれば、此の念定めて是れ衰歇せん。
現代語訳
朱子は、人に知られることを求めず、天に知られることを求める、と言いました。これは学び始めの者のための言葉です。君子が善を行うのは、ただ本性としてそうあるべきだからです。あるいは、そうしないと気が済まないからです。天が知り、地が知り、人が知り、自分が知るというのは、どれも求めないところにあるものです。少しでも求める心があれば、それは偽りです。求めて得られなければ、その思いは必ず衰えて消えます。
解説
朱子の有名な言葉に、限定が付けられます。人に知られるのを求めず天に知られるのを求めよ、というのは学び始めの者への言葉だ、と。天に知られることさえ求めてはならない、と一段厳しくなります。理由も示されます。求める心があれば偽りであり、求めて得られなければその思いは消える。動機が報いに依存していれば続かないという指摘です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
求知天知動機偽持続
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