呻吟語 / 内篇・談道・道に二つの然有り
道有二然,舉世皆顛倒之。有個當然是屬人底,不問吉凶禍福,要向前做去;有個自然是屬天底,任你躑躅咆哮,自勉強不來。舉世昏迷,專在自然上錯用工夫,是謂替天忙,徒勞無益。卻將當然底全不著意,是謂棄人道,成個甚人?聖賢看著自然可得底,果於當然有礙,定不肯受,況未必得乎?只把二「然」字看得真,守得定,有多少受用處!
新字:道有二然,舉世皆顛倒之。有個当然是属人底,不問吉凶禍福,要向前做去;有個自然是属天底,任你躑躅咆哮,自勉強不来。舉世昏迷,専在自然上錯用工夫,是謂替天忙,徒労無益。却将当然底全不著意,是謂棄人道,成個甚人?聖賢看著自然可得底,果於当然有礙,定不肯受,況未必得乎?只把二「然」字看得真,守得定,有多少受用処!
書き下し
道に二つの然有り、舉世皆之を顛倒す。個の當然有りて是れ人に屬する底なり、吉凶禍福を問はず、前に向かひて做し去らんことを要す。個の自然有りて是れ天に屬する底なり、你の躑躅咆哮するに任すも、自ら勉強し來たらず。舉世昏迷して、專ら自然の上に工夫を錯り用ふ、是れを天に替はりて忙しと謂ふ、徒勞にして益無し。卻つて當然底を將て全く意を著けず、是れを人道を棄つと謂ふ、個の甚の人をか成さん。聖賢は自然にして得可き底を看著するも、果たして當然に礙有らば、定めて肯へて受けず、況んや未だ必ずしも得ざるをや。只だ二つの「然」の字を看得て真に、守り得て定まらば、多少の受用の處か有らん。
現代語訳
道には二つの然があり、世の中はみなこれを取り違えています。当然というのは人に属するもので、吉凶や禍福を問わず、前に向かって行うべきものです。自然というのは天に属するもので、あなたが足踏みして吠え立てても、無理に引き寄せられません。世の中は迷って、もっぱら自然のほうに工夫を誤って使っています。これを天に代わって忙しくしていると言い、骨折り損で益がありません。そして当然のほうにはまったく心を向けない。これを人の道を捨てると言います。どんな人間になるのでしょうか。聖賢は自然に得られそうなものを見ても、それが当然に差し支えるなら決して受けません。まして必ず得られるとも限らないものならなおさらです。ただこの二つの然という字を本当に見分け、守って定まれば、どれほど役に立つことでしょう。
解説
この章句が説くこと
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