呻吟語 / 内篇・談道・明らかなれば則ち誠なり
天下之事,真知再沒個不行,真行再沒個不誠,真誠之行再沒個不自然底。自然之行不至其極不止,不死不止,故曰「明則誠」矣。
新字:天下之事,真知再没個不行,真行再没個不誠,真誠之行再没個不自然底。自然之行不至其極不止,不死不止,故曰「明則誠」矣。
書き下し
天下の事、真知にして再び行はざる個無く、真行にして再び誠ならざる個無く、真誠の行にして再び自然ならざる個無し。自然の行は其の極に至らざれば止まらず、死せざれば止まらず。故に「明らかなれば則ち誠なり」と曰ふ。
現代語訳
世の中のことで、本当に知っていて行わないということはなく、本当に行っていて誠でないということはなく、本当に誠から出た行いで自然でないということはありません。自然に出る行いは、行き着くところまで行かなければ止まらず、死ぬまで止まりません。だから、明らかであればそのまま誠だと言うのです。
解説
知る、行う、誠、自然という順に鎖をつないでいきます。どこかで止まっているなら、その前の段がまだ本物ではないという診断です。実行できないのは意志が弱いからではなく、知り方が浅いから。しかも自然に出る行いは死ぬまで止まらないと言い切ります。やる気の有無を問題にせず、知の深さに原因を戻したところに、この書の実践観が表れています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
知行誠自然継続実践
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