呻吟語 / 内篇・談道・撒數を除き了らば總數沒し
一門人向予數四窮問無極、太極及理氣同異、性命精粗、性善是否。予曰:「此等語,予亦能剿先儒之成說及一己之謬見以相發明,然非汝今日急務。假若了悟性命,洞達天人,也只於性理書上添了『某氏曰』一段言語,講學衙門中多了一宗卷案。後世窮理之人,信彼駁此,服此辟彼,百世後汗牛充棟,都是這樁話說,不知於國家之存亡、萬姓之生死、身心之邪正,見在得濟否?我只有個粗法子,汝只把存心制行、處事接物、齊家治國平天下,大本小節都事事心下信得過了,再講這話不遲。」曰:「理氣、性命,終身不可談耶?」曰:「這便是理氣、性命顯設處,除了撒數沒總數。」
新字:一門人向予数四窮問無極、太極及理気同異、性命精粗、性善是否。予曰:「此等語,予亦能剿先儒之成説及一己之謬見以相発明,然非汝今日急務。仮若了悟性命,洞達天人,也只於性理書上添了『某氏曰』一段言語,講学衙門中多了一宗巻案。後世窮理之人,信彼駁此,服此辟彼,百世後汗牛充棟,都是這樁話説,不知於国家之存亡、万姓之生死、身心之邪正,見在得済否?我只有個粗法子,汝只把存心制行、処事接物、斉家治国平天下,大本小節都事事心下信得過了,再講這話不遅。」曰:「理気、性命,終身不可談耶?」曰:「這便是理気、性命顕設処,除了撒数没総数。」
書き下し
一門人予に向かひて數四無極・太極及び理氣の同異、性命の精粗、性善の是否を窮問す。予曰く、「此等の語は、予も亦た先儒の成說及び一己の謬見を剿りて以て相發明する能ふ。然れども汝の今日の急務に非ず。假若し性命を了悟し、天人に洞達するも、也た只だ性理の書上に『某氏曰く』の一段の言語を添へ、講學衙門中に一宗の卷案を多くするのみ。後世窮理の人、彼を信じ此を駁し、此に服し彼を辟く。百世の後に汗牛充棟たるも、都て是れ這樁の話說なり。知らず、國家の存亡、萬姓の生死、身心の邪正に於いて、見在濟ふを得るや否や。我に只だ個の粗き法子有り、汝は只だ存心制行・處事接物・齊家治國平天下を把りて、大本小節都て事事心下に信じ得過ぎ了りて、再び這の話を講ずるも遲からず」と。曰く、「理氣・性命は、終身談ず可からざるか」と。曰く、「這れ便ち是れ理氣・性命の顯設處なり。撒數を除き了らば總數沒し」と。
現代語訳
ある門人が私に向かって、無極と太極、理と気の同異、性と命の精粗、性善が正しいかどうかを、幾度も突き詰めて問いました。私は言いました。こうした話なら、私も先の儒者の説や自分の誤った見方を剽窃して論じることはできます。しかしあなたの今日の急務ではありません。かりに性命を悟り天と人に通じたとしても、性理の書物に某氏いわく、という一段を加え、講学の役所に一件の書類を増やすだけです。後世の理を窮める人が、あちらを信じてこちらを論駁し、こちらに服してあちらを退ける。百世の後に牛が汗をかき棟木に届くほど積み上がっても、みなこの類の話です。国家の存亡、万民の生死、自分の心の正邪において、今それが救いになるかどうか分かりません。私にはただ粗い方法があります。あなたはまず心を保ち行いを制し、事に処し人に接し、家を斉え国を治め天下を平らかにすることについて、大きな根本も小さな節目も、事ごとに心の底から納得しきってから、改めてこの話を論じても遅くありません。門人は言いました。理気や性命は、生涯論じてはいけないのですか。答えます。それこそが理気と性命が現れている場所です。個々の数を除いてしまえば、総数はありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
老子・第20章学を絶てば憂い無し。唯と阿と、相去ること幾何ぞ。善と悪と、相去ること若何。人の畏るる所は、畏れざるべからず。荒としてそれ未だ央きざるかな。衆人は熙熙として、太牢を享くるが如く、春に台に登るが如し。我れ独り泊としてそれ未だ兆さず、嬰児の未だ孩わざるが如し。儽儽として帰する所無きが若し。衆人は皆な余り有るに、我れ独り遺れたるが若し。我れは愚人の心なるかな、沌沌たり。俗人は昭昭たるに、我れ独り昏昏たり。俗人は察察たるに、我れ独り悶悶たり。澹としてそれ海の若く、飂として止まる所無きが若し。衆人は皆な以うる有るに、我れ独り頑にして鄙に似たり。我れ独り人に異なりて、母に食わるるを貴ぶ。
-
『後世への最大遺物』第二回・来年また会うときまでにまことに私の言葉が錯雑しておって、かつ時間も少くございますから、私の考えをことごとく述べることはできない。しかしながら私は今日これで御免をこうむって山を降ろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには、少くとも幾何の遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、しかし、それよりもいっそう良いのは、後世のために私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
-
『墨子』魯問魯の南鄙の人に吳慮なる者有り。冬は陶し夏は耕して、自ら舜に比す。子墨子、聞きて之に見ゆ。吳慮、子墨子に謂う、「義のみ、義のみ。焉んぞ之を言うを用いんや」と。子墨子曰く、「子の所謂る義なる者は、亦た力有りて以て人を勞し、財有りて以て人に分かつか」と。吳慮曰く、「有り」と。子墨子曰く、「翟、嘗て之を計れり。翟、耕して天下の人に食わしめんことを慮る。盛んにして、然る後に一農の耕に當たる。諸を天下に分かたば、人ごとに一升の粟をも得る能わず。藉りて以て一升の粟を得と為すも、其の天下の饑を飽かしむる能わざるは、既に睹る可し。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「梓匠・輪輿は、能く人に規矩を與うるも、人をして巧みならしむること能わず。」
-
尚書・君陳凡そ人、未だ聖を見ざれば、克く見ざるが若く、既に聖を見れば、亦た聖に由ること克わず。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「仁なる者は、人なり。合せて之を言えば、道なり。」