呻吟語 / 内篇・談道・寧ろ道統家の奴婢と為るも、傍流家の宗子と為らず
除了個中字,更定道統不得。傍流之至聖,不如正路之賢人,故道統寧中絕,不以傍流繼嗣。何者?氣脈不同也。予嘗曰:「寧為道統家奴婢,不為傍流家宗子。」
新字:除了個中字,更定道統不得。傍流之至聖,不如正路之賢人,故道統寧中絶,不以傍流継嗣。何者?気脈不同也。予嘗曰:「寧為道統家奴婢,不為傍流家宗子。」
書き下し
個の中の字を除き了らば、更に道統を定め得ず。傍流の至聖は、正路の賢人に如かず。故に道統は寧ろ中絕するも、傍流を以て繼嗣せず。何者ぞ、氣脈同じからざればなり。予嘗て曰く、「寧ろ道統家の奴婢と為るも、傍流家の宗子と為らず」と。
現代語訳
中という一字を除いてしまえば、道の系譜を定めることができません。傍流の至れる聖人も、正しい路にある賢人には及びません。ですから道の系譜はむしろ途絶えても、傍流によって継がせません。なぜでしょうか。気の脈が違うからです。私はかつて言いました。むしろ道統の家の召使いになっても、傍流の家の跡取りにはならない、と。
解説
道統を定める基準が中の一字に置かれます。そして極端な主張が続きます。傍流の聖人より正路の賢人が上であり、絶えても傍流には継がせない、と。理由は気脈が違うからだと言われます。最後の一句が強烈です。道統の家の召使いになっても、傍流の家の跡取りにはならない。位よりどの流れに属するかを取るという、学問上の立場の宣言になっています。
この章句が説くこと
中道統傍流気脈選択
関連する章句
-
『墨子』兼愛下然らば即ち敢えて問う。今、此に平原廣野有り、甲を被り胄を嬰け、將に往きて戰わんとし、死生の權、未だ識る可からざるなり。又た君大夫の巴・越・齊・荆に逺使する有り、往來して及ぶや否や、未だ及ぶや否や、識る可からざるなり。然らば即ち將に家室を、親戚を奉承し、妻子を提挈して、之を寄託せんとするに、識らず、兼に於て是れ有らんか、别に於て是れ有らんか。哉ぞ以て其の此に於けるに當たりては、天下に愚夫愚婦無く、兼を非とするの人と雖も、必ず之を兼に寄託するに是れ有らんと為さん。言いて兼を非とし、擇びては即ち此れ言行の拂うなり。識らず、天下の士の、皆な兼を聞きて之を非とする所以の者は、其の故、何ぞや。
-
『学問のすゝめ』十六編・心事と働きと相当すべきの論・心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ず第一 人の働きには、大小軽重の別あり。芝居も人の働きなり、学問も人の働きなり、人力車を挽くも、蒸気船を運用するも、鍬をとりて農業するも、筆を揮いて著述するも、等しく人の働きなれども、役者たるを好まずして学者たるを勤め、車挽きの仲間に入らずして航海の術を学び、百姓の仕事を不満足なりとして著書の業に従事するがごときは、働きの大小軽重を弁別し、軽小を捨てて重大に従うものなり。人間の美事と言うべし。然りしこうして、そのこれを弁別せしむるものはなんぞや。本人の心なり、また志なり。かかる心志ある人を名づけて心事高尚なる人物と言う。ゆえにいわく、人の心事は高尚ならざるべからず、心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり。
-
孫子・行軍篇之を令するに文を以てし、之を斉うるに武を以てす。是を必取と謂う。
-
うひ山ぶみ・第八段然はあれども、まづかの学のしなじなは、他よりしひて、それをとはいひがたし、大抵みづから思ひよれる方にまかすべき也、
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「以て取る可く、以て取る無かる可し。取れば廉を傷つく。以て與う可く、以て與うる無かる可し。與うれば惠を傷つく。以て死す可く、以て死する無かる可し。死すれば勇を傷つく。」
-
『呻吟語』内篇・問學・學は擇ぶ有るを貴ぶ百家を羅ぬる者は、浩瀚の詞多し。一家に工みなる者は、獨詣の語有り。學者限り有るの目力を以て、其の律涯を竟へんと欲し、鹵莽の心思を以て、其の蘊奧を探らんと欲す。豈に難からずや。故に學は擇ぶ有るを貴ぶ。