呻吟語 / 内篇・談道・胸中に累ひ無きは、是れ一腔の太平
百姓得所,是人君太平;君民安業,是人臣太平;五穀豐登,是百姓太平;大小和順,是一家太平;父母無疾,是人子太平;胸中無累,是一腔太平。
新字:百姓得所,是人君太平;君民安業,是人臣太平;五穀豊登,是百姓太平;大小和順,是一家太平;父母無疾,是人子太平;胸中無累,是一腔太平。
書き下し
百姓所を得るは、是れ人君の太平。君民業に安んずるは、是れ人臣の太平。五穀豐登するは、是れ百姓の太平。大小和順なるは、是れ一家の太平。父母に疾無きは、是れ人子の太平。胸中に累ひ無きは、是れ一腔の太平。
現代語訳
民がそれぞれの居場所を得るのが、君主にとっての太平です。君も民も生業に安んじるのが、臣下にとっての太平です。五穀が豊かに実るのが、民にとっての太平です。大人も子どもも和やかに順うのが、一家にとっての太平です。父母に病がないのが、子にとっての太平です。胸の中に煩いがないのが、この身にとっての太平です。
解説
太平が六つの立場から定義し直されます。君主、臣下、民、家、子、そして自分。同じ言葉が立場によって中身を変えていく並べ方が見事で、規模が順に小さくなり、最後は胸の内に着地します。誰にとっての太平かを問うことで、平和という抽象語が具体的な条件に変わります。そして最後の一つだけは、自分で作れるものだと分かります。
この章句が説くこと
太平立場定義規模胸中
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