呻吟語 / 内篇・倫理・愛禮の一念は愛名よりも甚だし
士大夫以上,有祠堂、有正寢、有客位。祠堂,有齋房、神庫,四世之祖考居焉,先世之遺物藏焉,子孫立拜之位在焉,犧牲、鼎俎、盥尊之器物陳焉,堂上堂下之樂列焉,主人之周旋升降由焉。正寢,吉禮則生忌之考妣遷焉,凶禮則屍柩停焉,柩前之食案、香几、衣冠設焉,朝夕哭奠之位容焉,柩旁牀帳諸器之陳設、五服之喪次,男女之哭位分焉,堂外弔奠之客、祭器之羅列在焉。客位,則將葬之遷柩宿焉,冠禮之曲折、男女之醮位、賓客之宴饗行焉。此三所者,皆有兩階,皆有位次。故居室寧陋,而四禮之所斷乎其不可陋。近見名公,有以旋馬容膝、繩樞甕牖為清節高品者,余甚慕之,而愛禮一念甚於愛名。故力可勉為,不嫌弘裕,敢為大夫以上者告焉。
新字:士大夫以上,有祠堂、有正寝、有客位。祠堂,有斎房、神庫,四世之祖考居焉,先世之遺物蔵焉,子孫立拝之位在焉,犠牲、鼎俎、盥尊之器物陳焉,堂上堂下之楽列焉,主人之周旋升降由焉。正寝,吉礼則生忌之考妣遷焉,凶礼則屍柩停焉,柩前之食案、香几、衣冠設焉,朝夕哭奠之位容焉,柩旁牀帳諸器之陳設、五服之喪次,男女之哭位分焉,堂外弔奠之客、祭器之羅列在焉。客位,則将葬之遷柩宿焉,冠礼之曲折、男女之醮位、賓客之宴饗行焉。此三所者,皆有両階,皆有位次。故居室寧陋,而四礼之所断乎其不可陋。近見名公,有以旋馬容膝、縄枢甕牖為清節高品者,余甚慕之,而愛礼一念甚於愛名。故力可勉為,不嫌弘裕,敢為大夫以上者告焉。
書き下し
士大夫以上には、祠堂有り、正寢有り、客位有り。祠堂には、齋房・神庫有り、四世の祖考焉に居り、先世の遺物焉に藏し、子孫立拜の位焉に在り、犧牲・鼎俎・盥尊の器物焉に陳ね、堂上堂下の樂焉に列し、主人の周旋升降焉に由る。正寢は、吉禮ならば則ち生忌の考妣焉に遷り、凶禮ならば則ち屍柩焉に停まる。柩前の食案・香几・衣冠焉に設け、朝夕哭奠の位焉を容れ、柩旁の牀帳諸器の陳設、五服の喪次、男女の哭位焉に分かち、堂外の弔奠の客、祭器の羅列焉に在り。客位は、則ち將に葬らんとする遷柩焉に宿り、冠禮の曲折・男女の醮位・賓客の宴饗焉に行はる。此の三所なる者は、皆兩階有り、皆位次有り。故に居室は寧ろ陋なるも、四禮の所は斷じて其れ陋なる可からず。近ごろ名公を見るに、旋馬容膝・繩樞甕牖を以て清節高品と為す者有り。余甚だ之を慕ふ、而れども愛禮の一念は愛名よりも甚だし。故に力勉め為す可くんば、弘裕なるを嫌はず。敢へて大夫以上の者の為に告ぐ。
現代語訳
士大夫以上の家には、祠堂があり、正寝があり、客間があります。祠堂には斎房と神庫があり、四代の祖先がそこに祀られ、先代の遺品がそこに納められ、子孫が立って拝む位置がそこにあり、供物や鼎や盥の器がそこに並べられ、堂の上下の楽がそこに列し、主人の立ち回りや昇り降りがそこを通ります。正寝は、吉礼なら生前の忌日に祖先をそこに遷し、凶礼なら棺をそこに安置します。棺の前の膳や香机や衣冠をそこに設け、朝夕の哭と奠の位置をそこに収め、棺の脇の寝具や諸道具の配置、五等の喪の順序、男女の哭す位置をそこで分け、堂の外の弔問の客と祭器の並びもそこにあります。客間は、葬る直前の棺が一晩宿り、元服の次第、男女の盃の位置、賓客の宴がそこで行われます。この三か所にはみな二つの階があり、みな位の順序があります。ですから住まいはむしろ粗末でよいが、四つの礼を行う場所だけは決して粗末であってはなりません。近ごろ名だたる方々に、馬が回るだけの庭や膝が入るだけの部屋、縄の戸や甕の窓を清らかな節操と高い品格とする者があります。私はそれをたいへん慕います。しかし礼を愛する思いは名を愛する思いよりも強い。ですから力を尽くせるなら、広く豊かであることを嫌いません。あえて大夫以上の方々に申し上げます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・禮は君子の身を敬する所以夫れ禮は徒だ人に親しむのみに非ず、乃ち君子の自ら愛する所以なり。徒だ人を尊ぶのみに非ず、乃ち君子の身を敬する所以なり。
-
『呻吟語』内篇・修身・情を飾ると偽を飾る先王の禮文は用て情を飾る。後世の禮文は用て偽を飾る。情を飾れば則ち三千三百、至繁なりと雖も、其の率真爲るを害せず。偽を飾れば則ち一揖一拜と雖も、已に自ら多し。後の偽を飾るを惡む者は、乃ち一切苟簡決裂して、以て天下の防を潰し、而して自ら之を率真と謂ふ。將に伯子の簡に流れて行ふ可からざらんとす。又た禮の賊なり。
-
『呻吟語』内篇・倫理・其の要を得るは尊長の自ら脩むるに在り一家の中、尊長を看得て尊ければ、則ち家治まる。若し尊長を看得て尊からずんば、如何ぞ他を齊へん。其の要を得るは尊長の自ら脩むるに在り。
-
『呻吟語』内篇・倫理・貴ぶ所は親の心を心とするのみ父在して母の喪に居り、母在して父の喪に居るは、生者の命に從ふを以て重しと為す。故に孝子は死者を以て生者を憂へしめず、小節を以て大體を傷らず、經に泥みて權を廢せず、名に徇ひて實を害せず、我を全くして親を傷らず。孝子に貴ぶ所の者は、親の心を心とするのみ。
-
『呻吟語』内篇・倫理・哀を節して終はりを慎むに如かず疾に侍するに、憂へて食らはざるは、努力して餐を加ふるに如かず。此の身をして疾に侍する能はざらしむるは、不孝の大なる者なり。喪に居るに、羸れて禮を廢するは、哀を節して終はりを慎むに如かず。此の身襄事する能はざるは、不孝の大なる者なり。
-
『呻吟語』内篇・談道・文の真を掩ふに至るは、禮の賊なり真器は修めず、修むる者は偽物なり。真情は飾らず、飾る者は偽交なり。家人父子の間、讓らずして堂に登るは、簡に非ざるなり。侑めずして飽食するは、饕に非ざるなり。所謂真なり。惟だ讓るを待ちて入らば、而る後に讓る有るも亦た入らざる者有らん。惟だ侑むるを待ちて飽かば、而る後に侑むる有るも亦た飽かざる者有らん。是れ兩つながら文を修むるなり。文を廢すれば禮を為す可からず、文の真を掩ふに至るは、禮の賊なり。君子は尚ばざるなり。