呻吟語 / 内篇・倫理・哀を節して終はりを慎むに如かず
侍疾,憂而不食,不如努力而加餐。使此身不能侍疾,不孝之大者也;居喪,羸而廢禮,不如節哀而慎終,此身不能襄事,不孝之大者也。
新字:侍疾,憂而不食,不如努力而加餐。使此身不能侍疾,不孝之大者也;居喪,羸而廃礼,不如節哀而慎終,此身不能襄事,不孝之大者也。
書き下し
疾に侍するに、憂へて食らはざるは、努力して餐を加ふるに如かず。此の身をして疾に侍する能はざらしむるは、不孝の大なる者なり。喪に居るに、羸れて禮を廢するは、哀を節して終はりを慎むに如かず。此の身襄事する能はざるは、不孝の大なる者なり。
現代語訳
病に付き添うのに、憂えて食べないのは、努力して食事を増やすことに及びません。この身を病に付き添えなくさせるのは、大きな不孝です。喪に服するのに、痩せ衰えて礼を欠くのは、哀しみを節して最後を慎むことに及びません。この身が葬儀を務められないのは、大きな不孝です。
解説
哀しみの表し方に、現実的な物差しが当てられます。心配のあまり食べないのは美徳のようですが、そのせいで付き添えなくなれば不孝だ、と。喪で痩せ衰えて礼を欠くのも同じです。感情の深さではなく務めを果たせるかどうかで評価する見方で、悲しみに沈むことが許されない厳しさと、実務を守れという現実感が同居しています。
この章句が説くこと
侍疾加餐節哀務め実質
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