呻吟語 / 内篇・倫理・母氏は聖善なり、我に令人無し
「母氏聖善,我無令人」,孝子不可不知。「臣罪當誅兮,天王聖明」,忠臣不可不知。
新字:「母氏聖善,我無令人」,孝子不可不知。「臣罪当誅兮,天王聖明」,忠臣不可不知。
書き下し
「母氏は聖善なり、我に令人無し」、孝子知らざる可からず。「臣の罪は誅に當たる、天王は聖明なり」、忠臣知らざる可からず。
現代語訳
母は聖く善い人であるのに、自分には良い人がいない。孝行な子はこれを知らねばなりません。臣下の罪は誅されるに値する、天子は聖く明らかである。忠臣はこれを知らねばなりません。
解説
詩経の凱風と、韓愈の拘幽操の句が並べられます。どちらも、相手を立てて自分を責める形をしています。母は善いのに自分が至らない、罰せられるのは自分の罪で君主は正しい。相手の非を言わずに自分の側で引き受けるという構えです。孝と忠の実践が、言葉の向きひとつで示されており、責任の引き受け方の型として読めます。
この章句が説くこと
凱風拘幽自責立相手型
関連する章句
-
葉隠・聞書第一手跡(しゅせき)の行儀正しく、疎略(そりゃく)なきより上はあるまじけれども、その分にては、堅(かた)くれ賤(いや)しく見ゆるなり。この上に、格(かく)を離(はな)れたる姿あるべし。諸事(しょじ)にこの理(ことわり)あるべし。
-
『呻吟語』内篇・修身・俗氣膏肓に入る俗氣膏肓に入らば、扁鵲も治す能はず。人と為り胸中に分毫の道理無くして、庸調卑職、虛文濫套を之を認むること極めて真にして、之を執ること甚だ定まる。是の人や、將に救藥せんと欲するも、入る可からざるを知る。吾が黨之を戒めよ。
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「羿(ゲイ)の人に射を教うるには、必ず彀(コウ)に志す。學者も亦た必ず彀に志す。大匠の人に誨うるには、必ず規矩を以てす。學者も亦た必ず規矩を以てす。」
-
論語・先進篇子張、善人の道を問う。子曰く、「跡を践まずんば、亦た室に入らず。」
-
『呻吟語』内篇・修身・世に十態有り世に十態有り、君子は焉を免る。武人の態(粗豪)無く、婦人の態(柔懦)無く、兒女の態(嬌稚)無く、市井の態(貪鄙)無く、俗子の態(庸陋)無く、蕩子の態(儇佻)無く、伶優の態(滑稽)無く、閭閻の態(村野)無く、堂下人の態(局迫)無く、婢子の態(卑諂)無く、偵諜の態(詭暗)無く、商賈の態(衒售)無し。
-
『呻吟語』内篇・問學・硜硜として自ら守る志有るの士は百行兼修し、萬善俱に足るを要す。若し只だ一種の人と作り、硜硜として自ら守り、沾沾として自ら多しとせば、這れ便ち長進せず。