呻吟語 / 内篇・倫理・古人の友を貴ぶ所以なり
責善之道,不使其有我所無,不使其無我所有,此古人之所以貴友也。
書き下し
責善の道は、其れをして我が無き所有らしめず、其れをして我が有る所無からしめず。此れ古人の友を貴ぶ所以なり。
現代語訳
善を勧める道は、相手に自分の持っていないものを持たせようとせず、相手に自分の持っているものを持たせずにおかないことです。これが昔の人が友を貴んだ理由です。
解説
善を勧めることの線引きが二つ示されます。自分に無いものを相手に求めない、自分にあるものは相手にも持たせる。前者は要求の資格の話で、自分ができていないことを言うな、ということです。後者は分け与える義務で、自分にあるものを独り占めしない。この二つが揃ってはじめて友と呼べる、と。責める権利と与える義務が対になっています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
責善資格分与線引友
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