呻吟語 / 内篇・倫理・悅の一字は、親に事ふる第一の傳心口訣なり
人心喜則志意暢達,飲食多進而不傷,血氣沖和而不鬱,自然無病而體充身健,安得不壽?故孝子之於親也,終日乾乾,惟恐有一毫不快事到父母心頭。自家既不惹起,外觸又極防閒,無論貧富貴賤、常變順逆,只是以悅親為主。蓋悅之一字,乃事親第一傳心口訣也。即不幸而親有過,亦須在悅字上用工夫。幾諫積誠,耐煩留意,委曲方略,自有回天妙用。若直諍以甚其過,暴棄以增其怒,不悅莫大焉。故曰:「不順乎親,不可以為子。」
新字:人心喜則志意暢達,飲食多進而不傷,血気沖和而不鬱,自然無病而体充身健,安得不寿?故孝子之於親也,終日乾乾,惟恐有一毫不快事到父母心頭。自家既不惹起,外触又極防閒,無論貧富貴賤、常変順逆,只是以悅親為主。蓋悅之一字,乃事親第一伝心口訣也。即不幸而親有過,亦須在悅字上用工夫。幾諫積誠,耐煩留意,委曲方略,自有回天妙用。若直諍以甚其過,暴棄以增其怒,不悅莫大焉。故曰:「不順乎親,不可以為子。」
書き下し
人心喜べば則ち志意暢達し、飲食多く進みて傷まず、血氣沖和にして鬱せず。自然に病無くして體充ち身健やかなり、安んぞ壽ならざるを得んや。故に孝子の親に於けるや、終日乾乾として、惟だ一毫の不快事の父母の心頭に到る有らんことを恐る。自家既に惹き起こさず、外觸も又極めて防閒す。貧富貴賤・常變順逆を論ずる無く、只だ是れ親を悅ばしむるを以て主と為す。蓋し悅の一字は、乃ち親に事ふる第一の傳心口訣なり。即し不幸にして親に過ち有るも、亦た須らく悅の字の上に工夫を用ふべし。幾諫して誠を積み、煩を耐へ意を留め、委曲方略あらば、自ら天を回らす妙用有り。若し直諍して以て其の過ちを甚だしくし、暴棄して以て其の怒りを增さば、悅ばざること焉れより大なるは莫し。故に曰く、「親に順はざれば、以て子と為る可からず」と。
現代語訳
人の心が喜べば志も意も伸びやかに通り、飲食もよく進んで傷めず、血と気は和らいで滞りません。自然と病気がなく体は満ち身は健やかで、どうして長生きしないことがありましょうか。ですから孝行な子が親に対しては、一日じゅう努め励んで、ただわずかでも不快な事が父母の心に届かないかと恐れます。自分からは引き起こさず、外から触れるものも極力防ぎます。貧富や貴賤、平常や変事、順境や逆境を問わず、ただ親を喜ばせることを第一とします。思うに喜ばせるという一字こそ、親に仕える第一の心伝えの口訣です。たとえ不幸にして親に過ちがあっても、やはり喜ばせるという字の上で工夫すべきです。それとなく諫めて誠を積み、煩わしさに耐えて心を留め、細やかな手立てがあれば、自然と天をめぐらす妙なる働きがあります。もし正面から争って過ちをひどくし、投げやりになって怒りを増すなら、喜ばせないことでこれより大きなものはありません。ですから、親に順わなければ子とは言えない、と言うのです。
解説
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『呻吟語』内篇・倫理・上は意に先んじ、其の次は志を承く孝子の親に事ふるや、上なる者は意に先んじ、其の次は志を承け、其の次は命を共にす。命を共にすれば、則ち親に未だ言はざるの志有るも、承くるを得ず。志を承くれば、則ち親に未だ萌さざるの意有るも、將ふを得ず。意に先んずるに至りて、親を悅ばしむるの道至れり。或ひと曰く、「安んぞ許多の心思を得て能く推して此に至らんや」と。曰く、「親に事ふる者は、親を悅ばしむるを以て事と為す者なり。親を悅ばしむるを以て事と為さば、則ち孳孳皇皇として以て之に尚ふる無き者は、只だ是れ這個の念頭なり。親に多少の意志有るも、終日體認して得ざらんや」と。
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『呻吟語』内篇・倫理・惟だ和のみ妙と為し、深と為し、速と為し、難と為す人子の和氣・愉色・婉容、發し得て深き時、養ひ得て定まる時、父母の冷面寒鐵、雷霆震怒に任せて、只だ是れ這の一腔の溫意、一面の春風なれば、則ち自ら回らざるの天無く、自ら屢〻變ずるの天無し。讒譖何に由りてか入らん、嫌隙何に由りてか作らん。其の次は敬慎に如くは莫し。夔夔齋栗は、敬慎の至りなり、故に瞽瞍も亦た允に若へり。溫和は人に示すに愛す可きを以てし、父母の惡怒を消融す。敬慎は人に示すに矜れむ可きを以てし、父母の悲憐を激發す。所謂誠意を積みて以て之を感動する者は、和を養ひ敬を致すの謂ひなり。蓋し親を格すの功は、惟だ和のみ妙と為し、深と為し、速と為し、難と為す。至性純孝の者に非ざれば能はず。敬慎は猶ほ勉強す可きのみ。而今の人子は涼薄の色、惰慢の身、驕蹇の性を以てし、父母の怒りを犯すに及びて、既に挽回するを肯んぜず、又倨傲にして以て之を甚だしくす。此れ其の人は孝弟の外に在り、故に論ずるに足らず。即ち平日溫愉の子有るも、父母の悅ばざるに當たりて亦た慍見し、或いは疑ひを生じて怒りを遷す者、或いは意に遷怒無くして嫌を避けざる者、或いは善く嫌を避けずして愈〻避けて愈〻嫌を冒す者あり。隙を積みて釁を成し、遂に不祥を致す。豈に父母の慈ならざらんや。此れ孤臣孽子の法戒、志を堅くし仁に熟するの妙道なり。
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