呻吟語 / 内篇・倫理・禮は下僕のごとく、情は小兒のごとし
孝子之事親也,禮卑伏如下僕,情柔婉如小兒。
新字:孝子之事親也,礼卑伏如下僕,情柔婉如小児。
書き下し
孝子の親に事ふるや、禮は卑伏して下僕のごとく、情は柔婉として小兒のごとし。
現代語訳
孝行な子が親に仕えるとき、礼のうえでは下僕のようにへりくだり、情のうえでは幼い子のように柔らかく素直です。
解説
仕える姿が二つの面で描かれます。礼の面では下僕のように、情の面では幼子のように。形はへりくだり、心は無邪気であるという組み合わせです。どちらか一方だけでは足りません。かしこまるだけでは情が通わず、甘えるだけでは礼を失う。二十一字で、親に向かうときの外形と内心の両方を言い当てた一段です。下僕のようにへりくだりながら幼子のように素直である、という難しい両立です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
孝子礼下僕情小児
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