呻吟語 / 内篇・倫理・情愛義に過ぐるは、子孫の災なり
雨澤過潤,萬物之災也;恩寵過禮,臣妾之災也;情愛過義,子孫之災也。
新字:雨沢過潤,万物之災也;恩寵過礼,臣妾之災也;情愛過義,子孫之災也。
書き下し
雨澤の潤ひに過ぐるは、萬物の災なり。恩寵の禮に過ぐるは、臣妾の災なり。情愛の義に過ぐるは、子孫の災なり。
現代語訳
雨の恵みが潤いすぎるのは、万物の災いです。恩寵が礼を越えるのは、臣下や側近の災いです。情愛が義を越えるのは、子孫の災いです。
解説
与えすぎることの害が、三つの場面で示されます。雨が多すぎれば作物が傷み、恩寵が過ぎれば臣下が身を滅ぼし、情愛が過ぎれば子孫が損なわれる。どれも与える側の善意が、受ける側の災いになるという構造です。雨から始めて人の関係へ移る並べ方が効いていて、度を越した愛情が害だという指摘に自然さが出ています。恵みが害になる境目を、与える側が測らねばならないという話でもあります。
この章句が説くこと
過剰雨沢恩寵情愛災
関連する章句
-
『墨子』辭過古の民、未だ飲食を為るを知らざる時、素食して分れ處る。故に聖人、作りて男に耕稼樹藝を誨えて、以て民の食を為らしむ。其の食を為るや、以て氣を増し虚を充たし、體を彊くし腹に適うに足るのみ。故に其の財を用うること節にして、其の自ら養うこと儉なれば、民富み國治まる。今は則ち然らず。厚く百姓に作斂して、以て美食・芻豢・蒸炙・魚鼈を為り、大國は百器を累ね、小國は十器を累ね、前は方丈にして、目は徧く視る能わず、手は徧く操る能わず、口は徧く味わう能わず。夏は則ち冰を設け、冬は則ち饐を飾る。人君の飲食を為すこと此くの如し。故に左右之に象る。是を以て富貴なる者は奢侈にして、孤寡なる者は凍餒す。亂無からんと欲するも、得可からざるなり。君、實に天下の治を欲して其の亂を惡まば、當に飲食を為すは節せざる可からず。
-
『呻吟語』外篇・治道・天に四時有り、秋を去る能はず水は以て苗を潤す。水多ければ則ち苗腐る。膏は以て焰を助く。膏重ければ則ち焰滅す。治を為すに一に寬なるは、民の福に非ざるなり。故に善人百年にして始めて殺を去る可し。天に四時有り、秋を去る能はず。
-
老子 第9章持ちて之を盈たすは、其の已るに如かず。揣(き)りてその鋭を為すは、長く保つ可からず。金玉満堂、之を能く守る者莫し。富貴して驕れば、自ら其の咎を遺す。功を成して身を退く、天の道なり。
-
『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「子は三年の喪を以て非と為す。子の三日の喪も亦た非なり」と。子墨子曰く、「子は三年の喪を以て三日の喪を非とす。是れ猶お倮なる者の蹶く者を恭しからずと謂うがごときなり。
-
人物志・八觀直の失や訐、剛の失や厲、和の失や懦、介の失や拘。
-
『墨子』耕柱子墨子、魯陽文君に謂いて曰く、「今、一人此に有り。羊牛芻豢、饔人、日に割きて之を和し、之を食らいて食に勝えず。人の生餅を見れば、則ち還然として之を竊みて曰く、『余が食を舎け』と。日月の安んぞ足らざるを知らんや。其れ竊疾有るか」と。魯陽文君曰く、「竊疾有るなり」と。子墨子曰く、「楚の三意の田、曠蕪にして辟くに勝う可からず、靈數千、見るに勝う可からず。宋鄭の間の邑は、則ち還然として之を竊む。此れ彼と異なるか」と。魯陽文君曰く、「是れ猶お彼のごときなり、實に竊疾有るなり」と。