人物志 / 八觀
直之失也訐,剛之失也厲,和之失也懦,介之失也拘。
書き下し
直の失や訐、剛の失や厲、和の失や懦、介の失や拘。
現代語訳
実直さの行き過ぎは他人の欠点をあばくことになり、剛毅さの行き過ぎは厳しさになり、温和さの行き過ぎは軟弱になり、節操の堅さの行き過ぎは頑なになる。
解説
実直さが行き過ぎれば他人の欠点をあばく行為になり、剛毅さが行き過ぎれば厳しさになり、温和さが行き過ぎれば軟弱になり、節操の堅さが行き過ぎれば頑なさになると人物志は説く。美徳と欠点は別々のものではなく、同じ性質の程度の違いに過ぎないという見方である。自分の長所だと思っている性質も、度が過ぎれば短所として表れることを踏まえておくと、褒められた特性に安住せず、その加減を意識できるようになる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
美徳過剰表裏
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