呻吟語 / 内篇・存心・終に歸り來たる日有り、知らず幾時に到らん
終有歸來日,不知到幾時。
新字:終有帰来日,不知到幾時。
書き下し
終に歸り來たる日有り、知らず幾時に到らん。
現代語訳
いつかは帰ってくる日があります。それがいつになるかは分かりません。
解説
十二字の短い一句です。帰る日は必ず来ると言い、しかしいつかは分からないと続きます。確実さと不確実さが半々に置かれているのが特徴で、死の比喩とも、道に立ち返る日の比喩とも読めます。前に置かれた、息を引き取るとき持って行けるのは心だけだ、という一段の隣に置くと、後者の読みが重く響いてきます。必ず来ると分かっていて時が分からないから、いま支度をするほかありません。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
帰還必然不定時終点
関連する章句
-
孫子・用間篇生間とは、反りて報ずる者なり。
-
詩経・小雅・鹿鳴之什・杕杜杕杜(ていと)は、役(えき)より還るを労(ねぎら)うなり。 杕(てい)たる杜(やまなし)有り、睆(かん)たる其の実有り。王事盬(もろ)きこと靡(な)し、我が日を継嗣(けいし)す。日月陽(よう)なり、女(じょ)の心傷めり、征夫遑(いとま)あらん。 杕たる杜有り、其の葉萋萋(せいせい)たり。王事盬きこと靡し、我が心傷悲す。卉木(きぼく)萋たり、女の心悲しめり、征夫帰らん。 彼の北山に陟(のぼ)り、言(ここ)に其の杞(くこ)を采る。王事盬きこと靡し、我が父母を憂えしむ。檀車(たんしゃ)幝幝(せんせん)たり、四牡(しぼ)痯痯(かんかん)たり、征夫遠からず。 載せず来たらず、憂心孔(はなは)だ疚(や)む。期逝きて至らず、而して多く恤(うれ)いを為す。卜筮(ぼくぜい)偕(とも)にし、会(あ)わせて近しと言う、征夫邇(ちか)し。
-
易経・乾卦周易 第一卦。乾下乾上。易経。乾は、元いに亨る。貞しきに利ろし。初九、潜竜なり、用うる勿かれ。九二、見竜田に在り、大人を見るに利ろし。九三、君子終日乾乾し、夕べに惕若たり。厲けれども咎无し。九四、或いは躍りて淵に在り、咎无し。九五、飛竜天に在り、大人を見るに利ろし。上九、亢竜悔い有り。用九、群竜首无きを見る、吉。彖に曰く、
-
易経・晉卦周易 第三十五卦。坤下離上。易経。晋は、康侯用(も)つて馬を錫(たま)はること蕃庶(はんしょ)、昼日に三たび接す。初六、晋如(しんじょ)たり、摧如(さいじょ)たり、貞にして吉。孚(まこと)とせらるること罔(な)きも、裕(ゆたか)にすれば咎无し。六二、晋如たり、愁如たり、貞にして吉。茲(こ)の介福を其の王母に受く。六三、衆允(まこと)とす、悔亡ぶ。九四、晋如たる鼫鼠(せきそ)、貞なれども厲(あや)ふし。六五、悔亡ぶ、失得恤(うれ)ふる勿かれ、往けば吉にして利あらざる无し。上九、其の角に晋む、維(こ)れ用て邑を伐つ、厲ふけれども吉にして咎无し、貞なれども吝(りん)。彖に曰く、
-
『山鹿語類』士道・嚴居宅之制今天下既に泰山の安にあり。百工不及処なく、国に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を学ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて弁をなさんことは、腐儒末学のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可慎也。本朝営繕令を選んで唐の例に准し、天下の営作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自気をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悦ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。
-
『山鹿語類』士道・嚴居宅之制次に宮室の用法あり。宮室を制するに、能く時をはかつて、民の労をしり、農の時を不妨、竹木を截り取るに宜しき時、土石を運送するに利あるの時、すべて諸色時を以てせざれば、労而無益。緩急節をはかつて、専天の時を考ふべし。詩序曰。定之方中。美衛文公也。文公徒居楚丘。始建城市。而営宮室。得其時制。百姓悦之。国家殷富焉と出せり。定は北方之宿、営室星也。此星昏而正中するは、今の十月也。是宮室営作の時なれば。民の暇あつて天の時に順也。若其事不得已時は、唯重に可従。されば門戸之制、道橋の脩造、城郭牆塹は、不可一日無焉者也。時を待てつくるべからずといへり。