呻吟語 / 内篇・存心・都て只だ此の心を錯り用ひ了る
世之人何嘗不用心?都只將此心錯用了。故學者要知所用心,用於正而不用於邪,用於要而不用於雜,用於大而不用於小。
新字:世之人何嘗不用心?都只将此心錯用了。故学者要知所用心,用於正而不用於邪,用於要而不用於雑,用於大而不用於小。
書き下し
世の人何ぞ嘗て心を用ひざらんや。都て只だ此の心を錯り用ひ了るのみ。故に學者は心を用ふる所を知らんことを要す。正に用ひて邪に用ひず、要に用ひて雜に用ひず、大に用ひて小に用ひず。
現代語訳
世の人がどうして心を用いていないことがあるでしょうか。ただこの心を間違ったところに用いているだけです。ですから学ぶ者は、心をどこに用いるかを知ることが必要です。正しいところに用いて邪なところに用いず、要のところに用いて雑事に用いず、大きなところに用いて小さなところに用いません。
解説
努力の不足ではなく配分の誤りが問題にされます。誰もが心を使っている、ただ使う場所を間違えているだけだ、と。そして三つの対が示されます。正か邪か、要か雑か、大か小か。一つ目は善悪ですが、二つ目と三つ目は善悪ではなく優先順位の話です。忙しく働いているのに成果が出ない人に、そのまま当てはまる診断になっています。
この章句が説くこと
用心配分正邪要雑大小
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