呻吟語 / 内篇・存心・一事に心を留めざれば、一事其の理を得ず
只一事不留心,便有一事不得其理;一物不留心,便有一物不得其所。
書き下し
只だ一事に心を留めざれば、便ち一事の其の理を得ざる有り。一物に心を留めざれば、便ち一物の其の所を得ざる有り。
現代語訳
ただ一つの事に心を留めなければ、その一つの事が道理にかなわなくなります。一つの物に心を留めなければ、その一つの物が居どころを得なくなります。
解説
心を留めることと、事や物が収まることが一対一で結ばれます。留めなかった一つだけが外れる、という言い方が正確です。全体が崩れるのではなく、手を抜いたその一点だけが道理を外し、居どころを失う。裏返せば、留めた分だけは確実に収まるということでもあります。日々の仕事の手の抜き方と結果の関係を、そのまま言い当てた三十一字です。
この章句が説くこと
留心対応一事一物得所
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