呻吟語 / 内篇・存心・心放肆ならざれば、便ち過差無し
人只是心不放肆,便無過差;只是心不怠忽,便無遺忘。
書き下し
人は只だ是れ心放肆ならざれば、便ち過差無し。只だ是れ心怠忽ならざれば、便ち遺忘無し。
現代語訳
人はただ心がほしいままでなければ、それだけで間違いがありません。ただ心が怠りおろそかでなければ、それだけで忘れ物がありません。
解説
二つの失敗が、それぞれ一つの心の状態に還元されます。間違いはほしいままな心から、忘れ物は怠っておろそかな心から来る、と。どちらも技術や記憶力の問題として扱われがちですが、ここでは心の姿勢の問題とされます。裏を返せば、うっかりを防ぐ道具を増やすより、心の構えを直すほうが効くという主張です。二十五字の簡潔な診断です。
この章句が説くこと
放肆過失怠忽遺忘姿勢
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『呻吟語』内篇・存心・過差遺忘は、只だ是れ昏忽過差遺忘は、只だ是れ昏忽なり。昏忽は、只だ是れ敬まざるなり。若し小心慎密ならば、自ら過差遺忘の病無からん。孔子曰く、「事を敬す」と。樊遲は粗鄙なれば、之に告げて曰く、「事を執りて敬す」と。子張は意廣ければ、之に告げて曰く、「小大と無く、敢へて慢ること無かれ」と。今人は只だ是れ懶散なり、過差遺忘、安んぞ多からざるを得んや。
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『呻吟語』内篇・存心・未事の前に定め、事に當たりて凝一す口に慣言有り、身に誤動有るは、皆心を存せざるの故なり。故に君子は未事の前に定め、事に當たりて凝一す。識の逮ばざる所、力の能はざる所は、過つと雖も愧づる心無し。
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『呻吟語』内篇・存心・心一たび執著すれば、萬事自然を得ず心一たび鬆散すれば、萬事收拾す可からず。心一たび疏忽すれば、萬事耳目に入らず。心一たび執著すれば、萬事自然を得ず。
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『呻吟語』内篇・存心・渾身都て是れ過失なるを見る心を存せざれば、自家の不是を看出だす能はず。只だ動靜語默、物に接し事に應ずる時に於いて、件件に一たび想ひ想ふれば、便ち渾身都て是れ過失なるを見る。須らく動けば天則に合ひ、然る後に是と為すべし。日用の間、如何ぞ一時も疏忽し得んや。學者之を思へ。
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『呻吟語』内篇・存心・一事に心を留めざれば、一事其の理を得ず只だ一事に心を留めざれば、便ち一事の其の理を得ざる有り。一物に心を留めざれば、便ち一物の其の所を得ざる有り。
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『呻吟語』内篇・存心・都て只だ此の心を錯り用ひ了る世の人何ぞ嘗て心を用ひざらんや。都て只だ此の心を錯り用ひ了るのみ。故に學者は心を用ふる所を知らんことを要す。正に用ひて邪に用ひず、要に用ひて雜に用ひず、大に用ひて小に用ひず。