呻吟語 / 内篇・存心・良知は何處より來たる
良知何處來?生於良心;良心何處來?生於天命。
新字:良知何処来?生於良心;良心何処来?生於天命。
書き下し
良知は何處より來たる、良心に生ず。良心は何處より來たる、天命に生ず。
現代語訳
良知はどこから来るのか。良心から生まれます。良心はどこから来るのか。天命から生まれます。
解説
良知の出どころが二段で遡られます。良知は良心から、良心は天命から。陽明学が説く良知を、良心を経て天命に接続するという系譜づけです。呂坤は陽明学の流行に距離を置いた人ですが、ここでは良知を否定せず、その根を天に置くことで位置づけています。二十二字の問答の形が、系譜を一息に示しています。自分の直感を天まで遡らせることで、思いつきと良知を分ける道筋がついています。
この章句が説くこと
良知良心天命系譜根源
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