呻吟語 / 内篇・存心・惟だ虛なるが故に靈なり
或問:「虛靈二字,如何分別?」曰:「惟虛故靈。頑金無聲,鑄為鐘磬則有聲;鐘磬有聲,實之以物則無聲。聖心無所不有,而一無所有,故『感而遂通天下之故』。」
新字:或問:「虚霊二字,如何分別?」曰:「惟虚故霊。頑金無声,鋳為鐘磬則有声;鐘磬有声,実之以物則無声。聖心無所不有,而一無所有,故『感而遂通天下之故』。」
書き下し
或ひと問ふ、「虛靈の二字、如何に分別せん」と。曰く、「惟だ虛なるが故に靈なり。頑金は聲無く、鑄て鐘磬と為せば則ち聲有り。鐘磬は聲有るも、之を實たすに物を以てすれば則ち聲無し。聖心は有らざる所無くして、一も有る所無し。故に『感じて遂に天下の故に通ず』」と。
現代語訳
ある人が問いました。虚と霊の二字は、どう区別すればよいでしょうか。答えます。ただ虚であるからこそ霊なのです。ただの金の塊には音がありませんが、鋳て鐘や磬にすれば音が出ます。鐘や磬に音があっても、中を物で満たせば音が出なくなります。聖人の心は無いものが無く、しかも一つも有りません。ですから、感じてついに天下の事に通じる、と言うのです。
解説
虚と霊の関係が、鐘の音で説明されます。金の塊には音が無く、中を空洞にして鐘にすると鳴る。そして中を物で詰めるとまた鳴らなくなる。空洞であることが音の条件だという、手で触れられる説明です。そこから聖人の心が語られます。無いものが無く、しかも一つも有らない。易経の一句が引かれて、応答の速さが空洞に由来すると示されます。
この章句が説くこと
虚霊鐘空洞感通
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