呻吟語 / 内篇・存心・是の故に此の心は虛を貴ぶ
目中有花,則視萬物皆妄見也;耳中有聲,則聽萬物皆妄聞也;心中有物,則處萬物皆妄意也。是故此心貴虛。
新字:目中有花,則視万物皆妄見也;耳中有声,則聴万物皆妄聞也;心中有物,則処万物皆妄意也。是故此心貴虚。
書き下し
目中に花有れば、則ち萬物を視るも皆妄見なり。耳中に聲有れば、則ち萬物を聽くも皆妄聞なり。心中に物有れば、則ち萬物に處るも皆妄意なり。是の故に此の心は虛を貴ぶ。
現代語訳
目に飛蚊があれば、何を見てもみな誤った見え方になります。耳に耳鳴りがあれば、何を聞いてもみな誤った聞こえ方になります。心に何かがつかえていれば、何に対処してもみな誤った考えになります。ですからこの心は、虚であることを貴ぶのです。
解説
目、耳、心の三つが同じ形で並べられます。目に飛蚊があれば見るものすべてが狂い、耳鳴りがあれば聞くものすべてが狂う。ここまでは誰もが知っている現象です。そこへ三つ目として、心につかえがあれば判断がすべて狂う、と置かれます。身体の感覚で納得させてから心に渡す作りで、心を空にするという抽象的な教えが、飛蚊や耳鳴りの実感に接続されています。
この章句が説くこと
妄見妄聞妄意虚心歪み
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