呻吟語 / 内篇・存心・沉靜は、緘默の謂ひに非ず
沉靜,非緘默之謂也。意淵涵而態閑正,此謂真沉靜。雖終日言語,或千軍萬馬中相攻擊,或稠人廣眾中應繁劇,不害其為沉靜,神定故也。一有飛揚動擾之意,雖端坐終日,寂無一語,而色貌自浮。或意雖不飛揚動擾,而昏昏欲睡,皆不得謂沉靜。真沉靜底自是惺憽,包一段全副精神在裡。
新字:沈静,非緘黙之謂也。意淵涵而態閑正,此謂真沈静。雖終日言語,或千軍万馬中相攻擊,或稠人広眾中応繁劇,不害其為沈静,神定故也。一有飛揚動擾之意,雖端坐終日,寂無一語,而色貌自浮。或意雖不飛揚動擾,而昏昏欲睡,皆不得謂沈静。真沈静底自是惺憽,包一段全副精神在裡。
書き下し
沉靜は、緘默の謂ひに非ざるなり。意淵涵にして態閑正なる、此れを真の沉靜と謂ふ。終日言語し、或いは千軍萬馬の中に相攻擊し、或いは稠人廣眾の中に繁劇に應ずと雖も、其の沉靜為るを害せず、神定まるが故なり。一たび飛揚動擾の意有れば、端坐して終日、寂として一語無しと雖も、色貌自ら浮かぶ。或いは意飛揚動擾せずと雖も、昏昏として睡らんと欲するは、皆沉靜と謂ふを得ず。真の沉靜底は自ら是れ惺憽にして、一段の全副の精神を裡に包む。
現代語訳
沈んで静かとは、口を閉ざすことではありません。思いが深く湛えられ、態度が落ち着いて正しい。これを本当の沈静と言います。一日じゅう話し、あるいは千軍万馬のなかで攻め合い、あるいは大勢のなかで忙しく応対していても、沈静であることは損なわれません。精神が定まっているからです。ひとたび浮き立ち揺れ動く思いがあれば、一日じゅう端座して一言も発さなくても、顔つきに浮わつきが出ます。あるいは思いが浮き立ち揺れ動かなくても、ぼんやり眠たいようなのは、どれも沈静とは言えません。本当の沈静は自然とはっきり冴えていて、一段の全部の精神を内に包んでいます。
解説
沈静の定義が、二つの誤解を外すことで定まります。黙っていることではなく、ぼんやりしていることでもない。一日じゅう話していても、戦場で攻め合っていても、精神が定まっていれば沈静です。逆に一言も発さず座っていても、内が揺れていれば顔に出る。外形ではなく内の状態で測るという基準が、はっきり示された一段です。
この章句が説くこと
沈静緘黙外形神定惺憽
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