呻吟語 / 内篇・存心・治心の學、瑟僩の二字より妙なるは莫し
治心之學,莫妙於「瑟僩」二字。瑟訓嚴密,譬之重關天險,無隙可乘,此謂不疏,物欲自消其窺伺之心。僩訓武毅,譬之將軍按劍,見者股慄,此謂不弱,物欲自奪其猖獗之氣。而今吾輩靈台,四無牆戶,如露地錢財,有手皆取;又孱弱無能,如殺殘俘虜,落膽從人。物欲不須投間抵隙,都是他家產業;不須硬迫柔求,都是他家奴婢,更有那個關防?何人喘息?可哭可恨!
新字:治心之学,莫妙於「瑟僩」二字。瑟訓厳密,譬之重関天険,無隙可乗,此謂不疏,物欲自消其窺伺之心。僩訓武毅,譬之将軍按剣,見者股慄,此謂不弱,物欲自奪其猖獗之気。而今吾輩霊台,四無牆戸,如露地銭財,有手皆取;又孱弱無能,如殺残俘虜,落胆従人。物欲不須投間抵隙,都是他家産業;不須硬迫柔求,都是他家奴婢,更有那個関防?何人喘息?可哭可恨!
書き下し
治心の學は、「瑟僩」の二字より妙なるは莫し。瑟は嚴密と訓ず。之を重關天險に譬ふれば、隙の乘ず可き無し。此れを疏ならずと謂ふ。物欲自ら其の窺伺の心を消す。僩は武毅と訓ず。之を將軍の劍を按ずるに譬ふれば、見る者股慄す。此れを弱からずと謂ふ。物欲自ら其の猖獗の氣を奪はる。而今吾輩の靈台は、四に牆戶無く、露地の錢財のごとく、手有らば皆取る。又孱弱無能にして、殺殘の俘虜のごとく、膽を落として人に從ふ。物欲は間に投じ隙に抵るを須ひず、都て是れ他が家の產業なり。硬迫柔求を須ひず、都て是れ他が家の奴婢なり。更に那個の關防有らん、何人か喘息せん。哭す可く恨む可し。
現代語訳
心を治める学問は、瑟と僩の二字より妙なるものはありません。瑟は厳密という意味です。これを幾重もの関所と天然の険しさにたとえれば、付け入るすきがありません。これを疎かでないと言います。物欲はおのずと覗き見る気を失います。僩は武く毅いという意味です。これを将軍が剣に手をかけるさまにたとえれば、見る者は足が震えます。これを弱くないと言います。物欲はおのずと猛る気を奪われます。ところが今の私たちの心は、四方に壁も戸もなく、野ざらしの金銭のようで、手さえあれば誰でも取っていきます。しかも弱く無力で、殺され残った捕虜のように、肝をつぶして人に従います。物欲はすきを狙う必要もなく、すべてが向こうの財産です。強いて迫る必要も柔らかく求める必要もなく、すべてが向こうの召使いです。どこに関所があるでしょうか、誰が息を潜めるでしょうか。泣くべきであり恨むべきです。
解説

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