呻吟語 / 内篇・存心・廁牏の中、以て賓客を迎ふ可し
廁牏之中,可以迎賓客;牀第之間,可以交神明。必如此,而後謂之不苟。
書き下し
廁牏の中も、以て賓客を迎ふ可し。牀第の間も、以て神明に交はる可し。必ず此くのごとくして、而る後に之を不苟と謂ふ。
現代語訳
厠の中でも、そのまま客を迎えられる。寝床の中でも、そのまま神々と交わることができる。必ずこうであってはじめて、いい加減でないと言えます。
解説
いい加減でないことの水準が、最も人目のない二つの場所で定められます。厠と寝床です。そこで客を迎えられ、神と交われるかどうか、と。人前での立派さは問題にならず、最も無防備な場所の状態が基準になります。前に置かれた、屋漏の工夫が無ければ宇宙の事業はできない、という一段と同じ発想を、さらに具体的な場所で示した一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
厠牀第人目基準不苟
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