呻吟語 / 内篇・存心・春風の弱柳を拂ふがごとし
和氣平心發出來,如春風拂弱柳,細雨潤新苗,何等舒泰!何等感通!疾風迅雷,暴雨酷霜,傷損必多。或曰:「不似無骨力乎?」余曰:「譬之玉,堅剛未嘗不堅剛,溫潤未嘗不溫潤。」余嚴毅多,和平少,近悟得此。
新字:和気平心発出来,如春風払弱柳,細雨潤新苗,何等舒泰!何等感通!疾風迅雷,暴雨酷霜,傷損必多。或曰:「不似無骨力乎?」余曰:「譬之玉,堅剛未嘗不堅剛,温潤未嘗不温潤。」余厳毅多,和平少,近悟得此。
書き下し
和氣平心發し出で來たれば、春風の弱柳を拂ひ、細雨の新苗を潤すがごとし。何等ぞ舒泰なる、何等ぞ感通する。疾風迅雷、暴雨酷霜は、傷損すること必ず多し。或ひと曰く、「骨力無きに似ずや」と。余曰く、「之を玉に譬ふれば、堅剛は未だ嘗て堅剛ならずんばあらず、溫潤は未だ嘗て溫潤ならずんばあらず」と。余は嚴毅多く、和平少なし。近ごろ此れを悟り得たり。
現代語訳
和やかな気と平らかな心から出てくるものは、春風が弱い柳をなで、細かな雨が新しい苗を潤すようです。どれほどのびやかで、どれほど通じ合うことでしょう。激しい風と雷、暴れる雨と厳しい霜は、必ず多くを損ないます。ある人が言いました。それでは骨や力が無いのではありませんか。私は答えます。玉にたとえれば、堅く強いことは堅く強いままであり、温かく潤っていることは温かく潤ったままです。私は厳しさが多く和やかさが少ない。近ごろこれを悟りました。
解説
和やかさが弱さではないことが、玉の比喩で示されます。玉は堅くて強く、同時に温かく潤っている。二つは両立するのだ、と。春風と細雨、疾風と迅雷という対比も、どちらが物を育てるかを一目で示します。そして最後の一行が効いています。私は厳しさが多く和やかさが少ない、近ごろこれに気づいた、と。教えではなく、自分の欠点の報告として置かれています。
この章句が説くこと
和気平心春風玉自省
関連する章句
-
論語・公冶長篇子曰く、已んぬるかな。吾未だ能く其の過を見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり。
-
『甲陽軍鑑』品第四十但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
-
葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
-
説苑・君道宋大水す。魯人之を弔いて曰く、「天淫雨を降らし、谿谷満盈し、延いて君の地に及び、以て執政を憂えしむ、臣をして敬んで弔わしむ」と。宋人之に応えて曰く、「寡人不佞にして、斎戒謹まず、邑封修まらず、人を使うこと時ならず、天殃を加え、又君の憂いを遺す、命を拝するの辱を」と。君子之を聞きて曰く、「宋国其れ庶幾からんか」と。問いて曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「昔夏の桀殷の紂は其の過ちを任ぜず、其の亡ぶるや忽焉たり。成湯文武は其の過ちを任ずることを知り、其の興るや勃焉たり。夫れ過ちて之を改むるは、是れ猶お過たざるがごとし。故に曰く其れ庶幾からんかと」と。宋人之を聞き、夙に興き夜に寐ね、早に朝し晏に退き、死を弔い疾を問い、力を宇内に戮す。三年にして、歳豊かに政平らかなり。嚮に宋人をして君子の語を聞かざらしめば、則ち年穀未だ豊かならずして国未だ寧からず。詩に曰く、「時の仔肩を佛け、我に顕徳の行いを示す」と、此を之れ謂うなり。
-
人物志・釋爭若し彼賢にして我が前に処らば、則ち我が徳の未だ至らざるなり。
-
『呻吟語』序・予は乃ち九たび臂を折れり予小子、生まれながらにして昏弱にして病を善くす。病む時に呻吟し、輒ち苦しむ所を志して以て自ら恨みて曰く、「疾を慎み、復た病むこと無かれ」と。已にして慎まず、又復た病めば、輒ち又之を志す。蓋し世の病、備さに經たれば、勝げて志す可からず。一病數〻經るも、竟に懲るる能はず。語に曰く、「三たび肱を折りて良醫と成る」と。予は乃ち九たび臂を折れり。㽸痼年年、呻吟猶ほ昨のごとし。嗟嗟、多病なれば完き身無く、久病なれば完き氣無し。予奄奄として視息す、而るに人ならんや。