呻吟語 / 内篇・存心・聖と狂の分かれは、只だ苟と不苟の兩字に在り
聖、狂之分,只在苟、不苟兩字。
新字:聖、狂之分,只在苟、不苟両字。
書き下し
聖と狂の分かれは、只だ苟と不苟の兩字に在り。
現代語訳
聖人と狂人の分かれ目は、ただいい加減にするかしないかの二字にあります。
解説
聖と狂という両極が、たった二字で分けられます。いい加減にするかしないか。才能でも徳の高さでもなく、手の抜き方だけが分岐だと言うのです。書経の、狂も念へば聖と作り、聖も念はざれば狂と作る、を踏まえた一句でしょう。ここでは念うかどうかが、苟くもするかしないかに置き換えられ、日々の仕事の水準の話になっています。
この章句が説くこと
聖狂苟分岐手抜き水準
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