呻吟語 / 内篇・存心・得失毀譽の四字
吾輩終日念頭離不了四個字,曰「得失毀譽」。其為善也,先動個得與譽底念頭;其不敢為惡也,先動個失與毀底念頭。總是欲心偽心,與聖人天地懸隔。聖人發出善念,如饑者之必食,渴者之必飲。其必不為不善,如烈火之不入,深淵之不投,任其自然而已。賢人念頭只認個可否,理所當為,則自強不息;所不可為,則堅忍不行。然則得失毀譽之念可盡去乎?曰:「胡可去也!」天地間,惟中人最多,此四字者,聖賢籍以訓世,君子藉以檢身。曰「作善降之百祥,作不善降之百殃」,以得失訓世也。曰「疾沒世而名不稱」、曰「年四十而見惡」,以毀譽訓世也。此聖人待衰世之心也。彼中人者,不畏此以檢身,將何所不至哉?故堯舜能去此四字,無為而善,忘得失毀譽之心也。桀紂能去此四字,敢於為惡,不得失毀譽之恤也。
新字:吾輩終日念頭離不了四個字,曰「得失毀誉」。其為善也,先動個得与誉底念頭;其不敢為悪也,先動個失与毀底念頭。総是欲心偽心,与聖人天地懸隔。聖人発出善念,如饑者之必食,渴者之必飲。其必不為不善,如烈火之不入,深淵之不投,任其自然而已。賢人念頭只認個可否,理所当為,則自強不息;所不可為,則堅忍不行。然則得失毀誉之念可尽去乎?曰:「胡可去也!」天地間,惟中人最多,此四字者,聖賢籍以訓世,君子藉以検身。曰「作善降之百祥,作不善降之百殃」,以得失訓世也。曰「疾没世而名不称」、曰「年四十而見悪」,以毀誉訓世也。此聖人待衰世之心也。彼中人者,不畏此以検身,将何所不至哉?故堯舜能去此四字,無為而善,忘得失毀誉之心也。桀紂能去此四字,敢於為悪,不得失毀誉之恤也。
書き下し
吾輩終日念頭離れ了らざるは四個の字、曰く「得失毀譽」なり。其の善を為すや、先づ個の得と譽との念頭を動かす。其の敢へて惡を為さざるや、先づ個の失と毀との念頭を動かす。總じて是れ欲心偽心にして、聖人と天地懸隔す。聖人の善念を發するは、饑うる者の必ず食らひ、渴する者の必ず飲むがごとし。其の必ず不善を為さざるは、烈火の入らず、深淵の投ぜざるがごとく、其の自然に任ずるのみ。賢人の念頭は只だ個の可否を認む。理の當に為すべき所は、則ち自強不息す。為す可からざる所は、則ち堅忍して行はず。然らば則ち得失毀譽の念は盡く去る可きか。曰く、「胡ぞ去る可けんや」と。天地の間、惟だ中人最も多し。此の四字なる者は、聖賢籍りて以て世を訓へ、君子藉りて以て身を檢す。曰く「善を作せば之に百祥を降し、不善を作せば之に百殃を降す」とは、得失を以て世を訓ふるなり。曰く「世を沒して名の稱せられざるを疾む」と曰ひ、「年四十にして惡まる」と曰ふは、毀譽を以て世を訓ふるなり。此れ聖人の衰世を待つの心なり。彼の中人なる者、此れを畏れて以て身を檢せずんば、將に何の至らざる所あらんや。故に堯舜は能く此の四字を去り、無為にして善なるは、得失毀譽の心を忘るればなり。桀紂も能く此の四字を去り、敢へて惡を為すは、得失毀譽を恤へざればなり。
現代語訳
私たちが一日じゅう頭から離れないのは四つの字、得失毀誉です。善を行うときは、まず得と誉れの思いが動きます。あえて悪を行わないときは、まず失と毀りの思いが動きます。どれも欲の心、偽りの心であって、聖人とは天地ほどかけ離れています。聖人が善い思いを起こすのは、飢えた者が必ず食べ、渇いた者が必ず飲むようなものです。決して不善を行わないのは、燃える火に入らず、深い淵に飛び込まないようなもので、ただ自然に任せているだけです。賢人の思いは、ただ可か否かを見きわめます。道理として行うべきことは、自ら強めて休みません。行ってはならないことは、堅く忍んで行いません。では得失毀誉の思いはすべて取り去れるのでしょうか。答えます。どうして取り去れましょうか。天地のあいだには、中くらいの人が最も多い。この四字は、聖賢がこれを借りて世を教え、君子がこれを借りて身を点検するものです。善をなせば百の幸いを降し、不善をなせば百の災いを降す、というのは得失で世を教えるのです。世を終えて名の称えられないのを憂う、と言い、四十で憎まれるようでは、と言うのは、毀誉で世を教えるのです。これは聖人が衰えた世に向かう心です。あの中くらいの人が、これを恐れて身を点検しなければ、どこまで行ってしまうでしょうか。ですから堯舜がこの四字を去り、何もせずに善であったのは、得失毀誉の心を忘れたからです。桀紂もこの四字を去り、あえて悪を行ったのは、得失毀誉を気にかけなかったからです。
解説
この章句が説くこと
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