呻吟語 / 内篇・存心・暮夜無知の四字は、百惡の總根なり
暮夜無知,此四字,百惡之總根也。人之罪莫大於欺,欺者,利其無知也。大奸大盜,皆自無知之心充之。天下大惡只有二種:欺無知、不畏有知。欺無知,還是有所忌憚心,此是誠偽關;不畏有知,是個無所忌憚心,此是死生關。猶知有畏,良心尚未死也。
新字:暮夜無知,此四字,百悪之総根也。人之罪莫大於欺,欺者,利其無知也。大奸大盗,皆自無知之心充之。天下大悪只有二種:欺無知、不畏有知。欺無知,還是有所忌憚心,此是誠偽関;不畏有知,是個無所忌憚心,此是死生関。猶知有畏,良心尚未死也。
書き下し
暮夜無知、此の四字は、百惡の總根なり。人の罪は欺くより大なるは莫し。欺く者は、其の無知なるを利するなり。大奸大盜も、皆無知の心より之を充つ。天下の大惡は只だ二種有り。無知を欺くと、有知を畏れざるとなり。無知を欺くは、還た是れ忌憚する所有るの心、此れは是れ誠偽の關なり。有知を畏れざるは、是れ個の忌憚する所無きの心、此れは是れ死生の關なり。猶ほ畏るる有るを知れば、良心尚ほ未だ死せざるなり。
現代語訳
暮れ方の夜、誰も知らない。この四字が、百の悪の総元締めです。人の罪で欺くことより大きなものはありません。欺く者は、相手が知らないことに付け込むのです。大きな奸物や大盗賊も、みなこの誰も知らないという心から膨らんでいきます。天下の大悪はただ二種類です。知らない者を欺くことと、知っている者を恐れないことです。知らない者を欺くのは、まだはばかる心があるほうで、これは誠と偽の分かれ目です。知っている者を恐れないのは、はばかる心が無いほうで、これは生と死の分かれ目です。まだ恐れるものがあると知っているなら、良心はまだ死んでいません。
解説
悪の根が四字に絞られます。暮夜無知、誰も見ていないという意識です。そして悪が二段階に分けられるのが鋭い。知らない者を欺くのは、まだ人目をはばかっている段階。知っている者を恐れないのは、はばかりが消えた段階。前者は誠偽の分かれ目、後者は生死の分かれ目とされます。恐れが残っていれば良心はまだ死んでいない、という判定がやさしい。
この章句が説くこと
暮夜無知欺段階良心
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