呻吟語 / 内篇・存心・心は心の盜なり
盜,只是欺人。此心有一毫欺人、一事欺人、一語欺人,人雖不知,即未發覺之盜也。言如是而行欺之,是行者言之盜也;心如是而口欺之,是口者心之盜也;才發一個真實心,驟發一個偽妄心,是心者心之盜也。諺云:「瞞心昧己。」有味哉其言之矣。欺世盜名,其過大;瞞心昧己,其過深。
新字:盗,只是欺人。此心有一毫欺人、一事欺人、一語欺人,人雖不知,即未発覚之盗也。言如是而行欺之,是行者言之盗也;心如是而口欺之,是口者心之盗也;才発一個真実心,驟発一個偽妄心,是心者心之盗也。諺云:「瞞心昧己。」有味哉其言之矣。欺世盗名,其過大;瞞心昧己,其過深。
書き下し
盜は、只だ是れ人を欺くのみ。此の心に一毫の人を欺く有り、一事の人を欺く有り、一語の人を欺く有らば、人知らずと雖も、即ち未だ發覺せざるの盜なり。言は是くのごとくにして行ひ之を欺くは、是れ行ひは言の盜なり。心は是くのごとくにして口之を欺くは、是れ口は心の盜なり。才かに一個の真實の心を發し、驟かに一個の偽妄の心を發するは、是れ心は心の盜なり。諺に云ふ、「心を瞞き己を昧ます」と。味ひ有るかな其の之を言へる。世を欺き名を盜むは、其の過ち大なり。心を瞞き己を昧ますは、其の過ち深し。
現代語訳
盗みとは、ただ人を欺くことです。この心にわずかでも人を欺くものがあり、一つの事に人を欺くものがあり、一言に人を欺くものがあれば、人が知らなくても、それはまだ発覚していない盗みです。言葉がこうであるのに行いがそれを裏切るなら、行いは言葉の盗人です。心がこうであるのに口がそれを裏切るなら、口は心の盗人です。まことの心を起こしておきながら、たちまち偽りの心を起こすなら、心は心の盗人です。ことわざに、心を欺き己をくらます、と言います。味わい深い言葉です。世を欺き名を盗むのは、過ちが大きい。心を欺き己をくらますのは、過ちが深い。
解説
欺きが盗みとして定義され、三段に広がります。行いが言葉を裏切る、口が心を裏切る、そして心が心を裏切る。最後の一つが目を引きます。まことの心を起こしながらすぐ偽りの心を起こすのは、自分で自分から盗んでいるのだ、と。そして大きさと深さが対にされます。世を欺くのは過ちが大きく、自分を欺くのは過ちが深い。深さのほうが厄介だという判定です。
この章句が説くこと
欺盗言行自欺深浅
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