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呻吟語 / 内篇・存心・當然の願ひを足して過分の欲を裁す

人情有當然之願,有過分之欲。聖王者,足其當然之願而裁其過分之欲,非以相苦也。天地間欲願只有此數,此有餘而彼不足,聖王調劑而均釐之,裁其過分者以益其當然。夫是之謂至平,而人無淫情、無觖望。

新字:人情有当然之願,有過分之欲。聖王者,足其当然之願而裁其過分之欲,非以相苦也。天地間欲願只有此数,此有余而彼不足,聖王調剤而均釐之,裁其過分者以益其当然。夫是之謂至平,而人無淫情、無觖望。

書き下し

人情に當然の願ひ有り、過分の欲有り。聖王なる者は、其の當然の願ひを足して其の過分の欲を裁す、以て相苦しむるに非ざるなり。天地の間の欲願は只だ此の數有るのみ。此に餘り有りて彼に足らざれば、聖王調劑して之を均釐し、其の過分なる者を裁して以て其の當然なる者を益す。夫れ是れを至平と謂ふ。而して人に淫情無く、觖望無し。

現代語訳

人の情には、当然の願いと、分を過ぎた欲とがあります。聖王というものは、その当然の願いを満たして、分を過ぎた欲を裁ち切ります。互いに苦しめ合うためではありません。天地のあいだの欲と願いには、ただこれだけの総量しかありません。こちらに余ればあちらに足りなくなるので、聖王はほどよく調えて均し、分を過ぎた者を裁ち切って、当然の分の者に足してやります。これを至って平らかと言います。そうすれば人に度を越した情もなく、望みを欠いた恨みもありません。

解説

欲が二つに分けられます。当然の願いと、分を過ぎた欲。政治の仕事は前者を満たし後者を裁つことだ、と。裁つ理由が道徳ではなく総量にあるのが特徴です。天地のあいだの欲と願いには総量があり、こちらが余ればあちらが足りなくなる。だから過分を削って当然に回す、と。均衡のとれた状態を至平と呼び、そこでは度を越した欲も恨みも生まれないと結ばれます。

この章句が説くこと

欲願総量調剤至平分配

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