呻吟語 / 内篇・存心・只だ忻喜の心多ければ、便ち道を凝らすの器に非ず
學者只多忻喜心,便不是凝道之器。
新字:学者只多忻喜心,便不是凝道之器。
書き下し
學者は只だ忻喜の心多ければ、便ち是れ道を凝らすの器に非ず。
現代語訳
学ぶ者は、ただ浮き立って喜ぶ心が多ければ、それだけで道を固める器ではありません。
解説
喜びやすさが、学ぶ者の資格に関わるとされます。浮き立って喜ぶ心が多いだけで、道を固める器ではない、と。少し厳しく響きますが、前に置かれた深沈厚重を第一等とする一段と同じ物差しです。喜怒が外に出やすい人は、そのぶん受け止めが浅いという見方でしょう。凝らすという字が、道を自分の中で固めていく作業を表しています。
この章句が説くこと
忻喜軽さ器凝道深浅
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