呻吟語 / 内篇・存心・疑ひを蓄ふる者は、真知を亂す
久視則熟字不識,注視則靜物若動,乃知蓄疑者,亂真知;過思者,迷正應。
新字:久視則熟字不識,注視則静物若動,乃知蓄疑者,乱真知;過思者,迷正応。
書き下し
久しく視れば則ち熟字も識らず、注視すれば則ち靜物も動くがごとし。乃ち知る、疑ひを蓄ふる者は真知を亂し、思ひ過ぐる者は正應に迷ふことを。
現代語訳
長く見つめていると、見慣れた字でも読めなくなります。じっと見つめていると、静止した物でも動いて見えます。そこで分かります。疑いを溜め込む者は本当の知を乱し、考えすぎる者は正しい対応を見失うのだ、と。
解説
見つめすぎると起きる二つの現象から、心の法則が引き出されます。見慣れた字が読めなくなり、止まっている物が動いて見える。どちらも今日でも誰もが経験することです。そこから、疑いを溜めれば本当の知が乱れ、考えすぎれば正しい対応を見失うと結ばれます。注意深さが一定を超えると精度が落ちるという、目の錯覚を使った的確な説明です。
この章句が説くこと
錯覚注視蓄疑過思限度
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・存心・渾身都て是れ過失なるを見る心を存せざれば、自家の不是を看出だす能はず。只だ動靜語默、物に接し事に應ずる時に於いて、件件に一たび想ひ想ふれば、便ち渾身都て是れ過失なるを見る。須らく動けば天則に合ひ、然る後に是と為すべし。日用の間、如何ぞ一時も疏忽し得んや。學者之を思へ。
-
『呻吟語』内篇・存心・只だ模糊として一生を過ごす意念を沉潛し得下さば、何の理か得可からざらん。志氣を奮發し得起さば、何の事か做し可からざらん。今の學者は、個の浮躁の心を將て理を觀、個の委靡の心を將て事に臨む。只だ模糊として一生を過ごせり。
-
『呻吟語』内篇・存心・心一たび執著すれば、萬事自然を得ず心一たび鬆散すれば、萬事收拾す可からず。心一たび疏忽すれば、萬事耳目に入らず。心一たび執著すれば、萬事自然を得ず。
-
『呻吟語』内篇・存心・知識は、帝則の賊なり知識は、帝則の賊なり。惟だ知識を忘れて以て帝則に任ず、此れを天真と謂ひ、此れを自然と謂ふ。一たび念を著くれば便ち乖違し、愈〻念を著くれば愈〻乖違す。乍ち見るの心一刻歇息すれば、別に是れ一個の光景なり。
-
『呻吟語』内篇・存心・是の故に此の心は虛を貴ぶ目中に花有れば、則ち萬物を視るも皆妄見なり。耳中に聲有れば、則ち萬物を聽くも皆妄聞なり。心中に物有れば、則ち萬物に處るも皆妄意なり。是の故に此の心は虛を貴ぶ。
-
『呻吟語』内篇・存心・靜を主として動を慎む動く時は只だ發揮し盡くさざるを見る、那裡にか錯るを覺えん。故に君子は靜を主として動を慎む。靜を主とすれば、則ち動は靜の枝葉なり。動を慎めば、則ち動は靜の約束なり。又何の過ちかあらん。