呻吟語 / 内篇・存心・其の氣甚だ平らかなり
當可怨可怒、可辯可訴、可喜可愕之際,其氣甚平,這是多大涵養。
新字:当可怨可怒、可弁可訴、可喜可愕之際,其気甚平,這是多大涵養。
書き下し
怨む可く怒る可く、辯ず可く訴ふ可く、喜ぶ可く愕く可きの際に當たりて、其の氣甚だ平らかなり。這れ是れ多大の涵養ぞ。
現代語訳
怨んでもよく、怒ってもよく、言い返してもよく、訴え出てもよく、喜んでもよく、驚いてもよい場面に出くわして、その気がまことに平らかである。これはどれほどの養いでしょうか。
解説
平静が試される場面が六つ並べられます。怨、怒、弁、訴、喜、愕。どれも動いて当然の場面だと、あらかじめ認められているのが特徴です。我慢すべきだとは言っておらず、動いてよい状況だと認めたうえで、そこで気が平らかであることの難しさを示します。そして感嘆で終わる。これはどれほどの養いか、と。評価ではなく驚きで締めることで、到達の高さが伝わります。
この章句が説くこと
平気六情場面涵養難度
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