呻吟語 / 内篇・存心・君子の心は、習鷹馴雉のごとし
收放心休要如追放豚,既入苙了,便要使他從容閑暢,無拘迫懊憹之狀。若恨他難收,一向束縛在此,與放失同。何者?同歸於無得也。故再放便奔逸不可收拾。君子之心,如習鷹馴雉,搏擊飛騰,主人略不防閑;及上臂歸庭,卻恁忘機自得,略不驚畏。
新字:収放心休要如追放豚,既入苙了,便要使他従容閑暢,無拘迫懊憹之状。若恨他難収,一向束縛在此,与放失同。何者?同帰於無得也。故再放便奔逸不可収拾。君子之心,如習鷹馴雉,搏擊飛騰,主人略不防閑;及上臂帰庭,却恁忘機自得,略不驚畏。
書き下し
放心を收むるは、放豚を追ふがごとくなるを休めよ。既に苙に入れ了らば、便ち他をして從容閑暢ならしめ、拘迫懊憹の狀無からしむ。若し他の收め難きを恨み、一向に束縛して此に在らば、放失すると同じ。何者ぞ。同じく無得に歸すればなり。故に再び放てば便ち奔逸して收拾す可からず。君子の心は、習鷹馴雉のごとし。搏擊飛騰するも、主人略ぼ防閑せず。臂に上り庭に歸るに及びては、卻つて恁く機を忘れて自得し、略ぼ驚畏せず。
現代語訳
放れた心を取り戻すのに、逃げた豚を追いかけるようにしてはいけません。囲いに入れたなら、ゆったりと伸びやかにさせて、締めつけられて悶えるような様子をなくすべきです。もし取り戻しにくいのを恨んで、ひたすら縛りつけておくなら、放り出したのと同じです。なぜか。どちらも何も得られない点で同じだからです。ですから再び放てば、飛び出して手がつけられなくなります。君子の心は、慣らした鷹や馴らした雉のようなものです。打ち撃ち飛び上がっても、主人はほとんど防ぎ止めません。腕に戻り庭に帰ってくるときには、かえって警戒を忘れて落ち着き、少しも驚き恐れません。
解説
心の取り戻し方が、二つの動物で対比されます。逃げた豚を追い回して囲いに詰め込むやり方と、鷹や雉を慣らすやり方です。前者は捕まえても縛りつけるだけなので、放り出したのと同じ結果になる。締めつけと放置が同じ無得に帰する、という指摘が鋭いところです。鷹のほうは自由に飛ばせておいて、それでも腕に戻ってくる。戻ってくるのは縛られていないからだ、という自己統制の考え方が示されています。
この章句が説くこと
放心収攬束縛放任馴致
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