呻吟語 / 内篇・性命・氣と習とは、學者の二障なり
氣、習,學者之二障也。仁者與義者相非,禮者與信者相左,皆氣質障也。高髻而笑低髽,長裾而譏短袂,皆習見障也。大道明,率天下氣質而歸之,即不能歸,不敢以所偏者病人矣;王制一,齊天下趨向而同之,即不能同,不敢以所狃者病人矣。哀哉!茲誰任之?
新字:気、習,学者之二障也。仁者与義者相非,礼者与信者相左,皆気質障也。高髻而笑低髽,長裾而譏短袂,皆習見障也。大道明,率天下気質而帰之,即不能帰,不敢以所偏者病人矣;王制一,斉天下趨向而同之,即不能同,不敢以所狃者病人矣。哀哉!茲誰任之?
書き下し
氣と習とは、學者の二障なり。仁者と義者と相非り、禮者と信者と相左るは、皆氣質の障なり。高髻にして低髽を笑ひ、長裾にして短袂を譏るは、皆習見の障なり。大道明らかならば、天下の氣質を率ゐて之に歸せん。即し歸する能はずとも、敢へて偏る所を以て人を病まさざらん。王制一ならば、天下の趨向を齊へて之を同じくせん。即し同じくする能はずとも、敢へて狃るる所を以て人を病まさざらん。哀しいかな、茲れ誰か之に任ぜん。
現代語訳
気質と習慣とは、学ぶ者にとっての二つの障りです。仁の人と義の人が互いを非とし、礼の人と信の人が互いに食い違うのは、みな気質の障りです。高い髷の者が低い髷を笑い、長い裾の者が短い袖をそしるのは、みな見慣れたものによる障りです。大いなる道が明らかであれば、天下の気質を率いてそこへ帰らせられるでしょう。たとえ帰らせられなくても、自分の偏ったところで人を苦しめはしないでしょう。制度が一つであれば、天下の向かうところを揃えて同じにできるでしょう。たとえ同じにできなくても、慣れたところで人を苦しめはしないでしょう。悲しいことだ、これを誰が引き受けるのか。
解説
学ぶ者をふさぐものが二つに絞られます。気質と習慣です。徳のある者同士が争うのは気質のせいであり、髷や袖の長さを笑うのは見慣れたもののせいだ、と。どちらも中身の是非ではなく、自分の側の偏りが原因です。そして期待が示されます。道が明らかになれば、たとえ人を変えられなくても、自分の偏りで人を苦しめることはなくなる。到達の前に加害をやめよ、という順序です。
この章句が説くこと
気質習慣障り偏り加害
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