呻吟語 / 内篇・性命・正命とは正理を完くし初氣を全くする
正命者,完卻正理,全卻初氣,未嘗以我害之,雖桎梏而死,不害其為正命。若初氣所鑿喪,正理不完,即正寢告終,恐非正命也。
新字:正命者,完却正理,全却初気,未嘗以我害之,雖桎梏而死,不害其為正命。若初気所鑿喪,正理不完,即正寝告終,恐非正命也。
書き下し
正命とは、正理を完くし、初氣を全くし、未だ嘗て我を以て之を害せざるなり。桎梏して死すと雖も、其の正命為るを害せず。若し初氣鑿ち喪はれ、正理完からずんば、即ち正寢に終はりを告ぐるとも、恐らくは正命に非ざるなり。
現代語訳
正しい天命とは、正しい道理をまっとうし、生まれつきの気を損なわず、自分の手でそれを害さないことです。たとえ手かせ足かせをはめられて死んだとしても、それが正しい天命であることは変わりません。もし生まれつきの気を削り失い、正しい道理をまっとうしていなければ、たとえ自分の寝床で安らかに息を引き取ったとしても、おそらく正しい天命ではありません。
解説
性命篇の冒頭で、天命の中身が入れ替えられます。世間は畳の上で死ねたかどうかで天命を測りますが、呂坤は死に方ではなく生き方で測れと言う。牢で死んでも正命であり、寝床で死んでも正命でないことがある、と。孟子が桎梏で死ぬのは正命でないと言ったのに対して、あえて逆を張った一段です。評価の基準を外から内へ移す、この書の性格がここに出ています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
正命基準生死内面逆説
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