呻吟語 / 序・呻吟は病の聲なり
呻吟,病聲也。呻吟語,病時語也。病中疾痛,惟病者知,難與他人道,亦惟病時覺,既瘉,旋復忘也。
新字:呻吟,病声也。呻吟語,病時語也。病中疾痛,惟病者知,難与他人道,亦惟病時覚,既瘉,旋復忘也。
書き下し
呻吟は、病の聲なり。呻吟語は、病める時の語なり。病中の疾痛は、惟だ病者のみ知り、他人と道ひ難く、亦た惟だ病む時にのみ覺え、既に瘉ゆれば、旋ち復た忘るるなり。
現代語訳
呻吟とは、病のうめき声です。呻吟語とは、病んでいるときの言葉です。病の最中の痛みは、病んでいる本人だけが知っていて、他人に語ることが難しく、また病んでいるときにだけ感じられて、治ってしまえば、すぐにまた忘れてしまうものです。
解説
書名の説明から始まります。呻吟とは病人のうめき声で、この書はうめきながら書きとめた言葉だ、と。ここで大事なのは、痛みには三つの性質があると言われている点です。本人にしか分からない、他人に伝えられない、そして治ると忘れる。三つ目がとりわけ重い。苦しいときに見えていたものは、楽になった瞬間に手から落ちるのです。だから書きとめる、という動機が最初の一段で示されます。
この章句が説くこと
呻吟病痛み忘却記録
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『呻吟語』序・子既に之を志せり、盍ぞ以て人に公にせざる三十年來、志す所の『呻吟語』、凡そ若干卷、攜へて以て自ら藥とす。司農大夫の劉景澤、心を攝め性を繕め、平生呻吟する所無し、予甚だ之を愛す。頃ろ鴈門に共事し、各〻苦しむ所を談ず。予『呻吟語』を出して景澤に眎す。景澤曰く、「吾も亦た呻吟する所有れども未だ之を志さざるなり。吾人の病、大都相同じ。子既に之を志せり、盍ぞ以て人に公にせざる。蓋し三益あり。病を醫する者、子の呻吟を見て、將に死せんとする病を起こし、病を同じくする者、子の呻吟を見て、各〻病を醫し、未だ病まざる者、子の呻吟を見て、未然の病を謹まん。是れ子一身を以て懲を天下に示して、壽する所の者衆きなり。既に子瘉えずとも、能く以て人を瘉す、既に多からずや」と。余矍然として曰く、「病語は狂なり、又其の狂を以て人の聞聽を惑はす、可ならんや」と。因りて其の狂にして未だ甚だしからざる者を擇びて之を存す。
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『呻吟語』序・予は乃ち九たび臂を折れり予小子、生まれながらにして昏弱にして病を善くす。病む時に呻吟し、輒ち苦しむ所を志して以て自ら恨みて曰く、「疾を慎み、復た病むこと無かれ」と。已にして慎まず、又復た病めば、輒ち又之を志す。蓋し世の病、備さに經たれば、勝げて志す可からず。一病數〻經るも、竟に懲るる能はず。語に曰く、「三たび肱を折りて良醫と成る」と。予は乃ち九たび臂を折れり。㽸痼年年、呻吟猶ほ昨のごとし。嗟嗟、多病なれば完き身無く、久病なれば完き氣無し。予奄奄として視息す、而るに人ならんや。
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