臣軌 / 卷下 良將章
夫人之所樂者,生也;所惡者,死也。然而矢石若雨,白刃交揮,而士卒爭先者,非輕死而樂傷也。夫將視兵如子,則兵事將如父;將視兵如弟,則兵事將如兄。故語曰:“父子兄弟之軍,不可與鬥。”由其一心而相親也。是以古之將者,貴得眾心。以情親之,則木石知感,況以愛率下,而不得其死力乎!《孫子兵法》曰:“兵形象水。水之行,避高而就下,兵之形,避實而擊虛。故水因地而製形,兵因敵而製勝。兵無常道,水無常形。”兵能隨敵變化而取勝者,謂之良將也。
新字:夫人之所楽者,生也;所悪者,死也。然而矢石若雨,白刃交揮,而士卒争先者,非軽死而楽傷也。夫将視兵如子,則兵事将如父;将視兵如弟,則兵事将如兄。故語曰:“父子兄弟之軍,不可与鬥。”由其一心而相親也。是以古之将者,貴得衆心。以情親之,則木石知感,況以愛率下,而不得其死力乎!《孫子兵法》曰:“兵形象水。水之行,避高而就下,兵之形,避実而撃虚。故水因地而製形,兵因敵而製勝。兵無常道,水無常形。”兵能随敵変化而取勝者,謂之良将也。
書き下し
夫れ人の楽しむ所の者は、生なり。悪む所の者は、死なり。然り而して矢石雨の若く、白刃交々揮うに、士卒の先を争う者は、死を軽んじて傷を楽しむに非ざるなり。夫れ将、兵を視ること子の如くなれば、則ち兵、将に事うること父の如く、将、兵を視ること弟の如くなれば、則ち兵、将に事うること兄の如し。故に語に曰く、「父子兄弟の軍は、与に闘う可からず」と。其の一心にして相親しむに由るなり。是を以て古の将たる者は、衆心を得るを貴ぶ。情を以て之に親しめば、則ち木石も感を知る、況んや愛を以て下を率いて、其の死力を得ざらんや。『孫子兵法』に曰く、「兵の形は水に象る。水の行くは、高きを避けて下きに就き、兵の形は、実を避けて虚を撃つ。故に水は地に因りて形を製し、兵は敵に因りて勝ちを製す。兵に常道無く、水に常形無し」と。兵能く敵に随いて変化して勝ちを取る者、之を良将と謂うなり。
現代語訳
人が楽しむのは生きることであり、憎むのは死ぬことである。それなのに、矢や石が雨のように降り、白刃が入り乱れて振るわれる中で、兵士たちが先を争って進むのは、死を軽んじ傷を楽しんでいるからではない。将軍が兵士をわが子のように見れば、兵士は将軍に父のように仕え、将軍が兵士を弟のように見れば、兵士は将軍に兄のように仕える。だから言い伝えに「父子兄弟のような軍とは、戦ってはならない」とある。心が一つで互いに親しんでいるからである。それゆえ昔の将軍は、兵の心を得ることを尊んだ。情によって親しめば木や石でさえ感じるものだ。まして愛によって部下を率いて、その決死の力を得られないことがあろうか。『孫子』(虚実篇)には「軍の形は水にかたどる。水の流れは高いところを避けて低いところへ向かい、軍の形は敵の充実したところを避けて手薄なところを撃つ。だから水は地形によって流れの形を定め、軍は敵によって勝ち方を定める。軍に決まった道はなく、水に決まった形はない」とある。軍を敵に応じて変化させて勝ちを取ることのできる者を、良将というのである。
解説
関連する章句
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『臣軌』卷下 良將章それ将は心なり、兵は体なり。心専一ならざれば、則ち体安からず。将誠信ならざれば、則ち卒勇ならず。古の善く将たる者は、必ずその身を以てこれに先んず。暑くとも蓋を張らず、寒くとも裘を被ず。軍井未だ達せざれば、将は渇を言わず。軍幕未だ弁ぜざれば、将は倦を言わず。その合戦に当たりては、必ず矢石の間に立つ。労逸を斉しくし、安危を共にする所以なり。
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『臣軌』卷下 良將章夫れ将なる者は、君の恃む所なり。兵なる者は、将の恃む所なり。故に君功を立てんと欲する者は、必ず心を将に推し、将の勝ちを求むる者は、先ず愛を兵に致す。夫れ兵を愛するの道は、務めて之を逸楽にし、務めて之を豊厚にし、力を役して以て己の為にせず、財を貪りて以て私に殉わず。内には廉平を守り、外には憂恤を存す。昔、竇嬰将為りしとき、金を廊下に置き、士卒に任せて之を取らしむ。私金すら且つ猶お散施す、豈に之を侵す者有らんや。呉起将為りしとき、卒に癰を病む者有り、呉起親ら之を吮う。其の人を愛するや此くの如し、豈に之を苦しむる者有らんや。
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『淮南子』兵略訓兵の強き所以の者は、民なり。民の必ず死する所以の者は、義なり。義の能く行わるる所以の者は、威なり。是の故に之を合するに文を以てし、之を齊うるに武を以てす。是を必取と謂う。威儀 並び行わる。是を至強と謂う。夫れ人の樂しむ所の者は、生なり。而して憎む所の者は、死なり。然れども高城深池、矢石 雨の若く、平原廣澤、白刃 交接するに、卒 先を爭いて合する者は、彼 死を輕んじて傷つくを樂しむに非ざるなり。其の賞 信にして罰 明らかなるが爲なり。是の故に上 下を視ること子の如くんば、則ち下 上を視ること父の如し。上 下を視ること弟の如くんば、則ち下 上を視ること兄の如し。上 下を視ること子の如くんば、則ち必ず四海に王たり。下 上を視ること父の如くんば、則ち必ず天下を正す。上 下を親しむこと弟の如くんば、則ち之が爲に死するを難しとせず。下 上を視ること兄の如くんば、則ち之が爲に亡ぶるを難しとせず。是の故に父子兄弟の寇は、與に鬥う可からざる者なり。恩を積みて先に施せばなり。故に四馬 調わざれば、造父も以て遠きを致す能わず。弓矢 調わざれば、羿も以て必ず中つる能わず。君臣 心に乘ずれば、則ち孫子も以て敵に應ずる能わず。
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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三略・上略軍讖に曰く、良将の軍を統ぶるや、己を恕して人を治め、恵を推し恩を施す。士力は日に新たなり。戦うこと風の発するが如く、攻むること河の決するが如し。故に其の衆は望むべくして当たるべからず、下すべくして勝つべからず。身を以て人に先んず。故に其の兵は天下の雄と為る、と。軍讖に曰く、軍は賞を以て表と為し、罰を以て裏と為す。賞罰明らかなれば、則ち将の威行わる。官人を得れば、則ち士卒服す。任ずる所賢なれば、則ち敵国畏る、と。
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『臣軌』卷下 良將章夫れ攻守の法は、其の来たらざるを恃むこと無く、吾が以て之を待つ有るを恃む。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻む可からざるを恃むなり。夫れ将若し能く事に先だちて事を慮り、防に先だちて防を求むれば、此くの如き者は、守れば則ち攻む可からず、攻むれば則ち守る可からず。若し驕貪にして敵を軽んずる者は、必ず人の擒うる所と為る。昔、子発、楚の将と為りて秦を攻む。軍、饋餉を絶つ。人をして王に請わしめ、因りて帰りて其の母を問わしむ。其の母、使者に問いて曰く、「士卒恙無きを得るか」と。使者曰く、「士卒は菽粒を升分して之を食らう」と。又問いて曰く、「将軍恙無きを得るか」と。対えて曰く、「将軍は朝夕芻豢黍粱なり」と。後に子発秦を破りて帰るに、母、門を閉じて納れず。人をして之を数めしめて曰く、「子は越王勾践の呉を伐ちしを聞かざるか。客に醇酒一器を献ずる者有り、王人をして江の上流に注がしめ、士卒をして其の下流を飲ましむ。味は美を加うるに足らざれども、士卒は醉える容有るが如し、其の徳を懐えばなり。戦うこと自ら五たびす。異日又一囊の糗糒を献ずる者有り、王又以て軍士に賜い、軍士分かちて之を食らう。甘きは嗌を逾ゆるに足らざれども、士卒は飫ける容有るが如し、其の恩を懐えばなり。戦うこと自ら十たびす。今子将と為りて、士卒は菽粒を升分して之を食らうに、子独り朝夕芻豢黍粱なるは、何ぞや。夫れ人をして死地に入らしめて其の上に康楽するは、復た勝ちを得ると雖も、其の術に非ざるなり。子は吾が子に非ず、吾が門に入ること無かれ」と。子発謝し、然る後に入るを得たり。後に将と為るに及びて、乃ち士卒と其の甘苦を同じくし、人恩徳を懐い、争いて矢石に先んじ、遂に功名日に遠し。子発の母の若き者は、将為るの道を知ると謂う可し。昔、趙の孝成王の時、秦、趙を攻む。趙王、趙括をして廉頗に代わりて将と為らしむ。括の母、上書して曰く、「括は将たらしむ可からざるなり。始め妾其の父に事うるに、父時に将為り、身ら飯を奉じて食を進むる所の者は、十を以て数え、交わる所の者は、百を以て数う。
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