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史記 / 范雎蔡沢列伝

夫待死而後可以立忠成名,是微子不足仁,孔子不足聖,管仲不足大也。夫人之立功,豈不期於成全邪?身與名俱全者,上也。名可法而身死者,其次也。名在僇辱而身全者,下也。」於是應侯稱善。蔡澤少得閒,因曰:

新字:夫待死而後可以立忠成名,是微子不足仁,孔子不足聖,管仲不足大也。夫人之立功,豈不期於成全邪?身与名倶全者,上也。名可法而身死者,其次也。名在僇辱而身全者,下也。」於是応侯称善。蔡沢少得閒,因曰:

書き下し

夫れ死を待ちて而る後に以て忠を立て名を成すべくんば、是れ微子も仁たるに足らず、孔子も聖たるに足らず、管仲も大たるに足らざるなり。夫れ人の功を立つるは、豈に成全を期せざらんや。身と名と倶に全き者は、上なり。名は法とすべくして身死する者は、その次なり。名は僇辱に在りて身全き者は、下なり」と。是に於いて応侯善しと称す。蔡沢少しく閒を得て、因りて曰く、

現代語訳

「死んで初めて忠を立て名を成すことができるというのなら、微子も仁者とするに足りず、孔子も聖人とするに足りず、管仲も偉大とするに足りないことになる。そもそも人が功を立てるのは、身も名も全うすることを期するからではないか。身も名もともに全うするのが最上である。名は手本とされても身は死ぬのがその次である。名は辱められても身だけは全うするのが最下である。」そこで応侯はもっともだと言った。蔡沢は少し話の糸口を得たので、そこで言った。

解説

蔡沢が「身と名とを倶に全うする」ことこそ最上だと説く短い段です。蔡沢は、死んで初めて忠義や名声が成るのなら、殷を去って命を保った微子も、天寿を全うした孔子も、斉の宰相として生涯を終えた管仲も、仁者・聖人・偉大な人物とは言えなくなってしまうと指摘しました。そして人の生き方を三段階に分けます。身も名も全うするのが最上、名は残っても身は滅ぶのがその次、名は汚れても身だけ助かるのが最下です。商鞅や呉起のような非業の死は二番目にすぎないという整理に、范雎もついに「もっともだ」と認めました。蔡沢はここで話の糸口をつかみ、いよいよ范雎自身の身の処し方に話を進めていきます。自分の成果と自分の身の両方を守る道を考えることは、ともすると仕事に身を捧げすぎる現代の働き手にとっても、見落としがちな大切な視点です。

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