史記 / 天官書
余觀史記,考行事,百年之中,五星無出而不反逆行,反逆行,嘗盛大而變色;日月薄蝕,行南北有時:此其大度也。故紫宮、房心、權衡、咸池、虚危列宿部星,此天之五官坐位也,爲經,不移徙,大小有差,闊狹有常。水、火、金、木、塡星,此五星者,天之五佐,爲經緯,見伏有時,所過行贏縮有度。日變脩德,月變省刑,星變結和。凡天變,過度乃占。國君彊大,有德者昌;羽小,飾詐者亡。太上脩德,其次脩政,其次脩救,其次脩禳,正下無之。夫常星之變希見,而三光之占亟用。日月暈適,雲風,此天之客氣,其發見亦有大運。然其與政事俯仰,最近人之符。此五者,天之感動。爲天數者,必通三五。終始古今,深觀時變,察其精粗,則天官備矣。蒼帝行德,天門爲之開。赤帝行德,天牢爲之空。黃帝行德,天夭爲之起。風從西北來,必以庚、辛。一秋中,五至,大赦;三至,小赦。白帝行德,以正月二十日、二十一日,月暈圍,常大赦載,謂有太陽也。一曰:白帝行德,畢、昴爲之圍。圍三暮,德乃成;不三暮,及圍不合,德不成。二曰:以辰圍,不出其旬。黑帝行德,天關爲之動。天行德,天子更立年;不德,風雨破石。三能、三衡者,天廷也。客星出天廷,有奇令。
新字:余観史記,考行事,百年之中,五星無出而不反逆行,反逆行,嘗盛大而変色;日月薄蝕,行南北有時:此其大度也。故紫宮、房心、権衡、咸池、虚危列宿部星,此天之五官坐位也,為経,不移徙,大小有差,闊狭有常。水、火、金、木、塡星,此五星者,天之五佐,為経緯,見伏有時,所過行贏縮有度。日変脩徳,月変省刑,星変結和。凡天変,過度乃占。国君彊大,有徳者昌;羽小,飾詐者亡。太上脩徳,其次脩政,其次脩救,其次脩禳,正下無之。夫常星之変希見,而三光之占亟用。日月暈適,雲風,此天之客気,其発見亦有大運。然其与政事俯仰,最近人之符。此五者,天之感動。為天数者,必通三五。終始古今,深観時変,察其精粗,則天官備矣。蒼帝行徳,天門為之開。赤帝行徳,天牢為之空。黄帝行徳,天夭為之起。風従西北来,必以庚、辛。一秋中,五至,大赦;三至,小赦。白帝行徳,以正月二十日、二十一日,月暈囲,常大赦載,謂有太陽也。一曰:白帝行徳,畢、昴為之囲。囲三暮,徳乃成;不三暮,及囲不合,徳不成。二曰:以辰囲,不出其旬。黒帝行徳,天関為之動。天行徳,天子更立年;不徳,風雨破石。三能、三衡者,天廷也。客星出天廷,有奇令。
書き下し
余、史記を観、行事を考ふるに、百年の中、五星出でて反逆行せざる無し。反逆行するや、嘗て盛大にして色を変ず。日月の薄蝕、南北に行くこと時有り。此れ其の大度なり。故に紫宮・房心・権衡・咸池・虚危の列宿部星は、此れ天の五官の坐位なり、経と為し、移徙せず、大小差有り、闊狭常有り。水・火・金・木・塡星、此の五星なる者は、天の五佐なり、[経]緯と為し、見伏時有り、過行する所の贏縮度有り。日変ずれば徳を修め、月変ずれば刑を省き、星変ずれば和を結ぶ。凡そ天変は、度を過ぐれば乃ち占ふ。国君彊大にして、徳有る者は昌ゆ。羽小にして、詐を飾る者は亡ぶ。太上は徳を修め、其の次は政を修め、其の次は救ひを修め、其の次は禳ひを修め、正下は之無し。夫れ常星の変は希に見はれ、而して三光の占は亟々用ふ。日月の暈適、雲風は、此れ天の客気なり、其の発見するも亦大運有り。然れども其の政事と俯仰し、最も人に近きの符なり。此の五者は、天の感動なり。天数を為す者は、必ず三五に通ず。古今を終始し、深く時変を観、其の精粗を察すれば、則ち天官備はる。蒼帝徳を行へば、天門之が為に開く。赤帝徳を行へば、天牢之が為に空し。黄帝徳を行へば、天夭之が為に起こる。風西北より来たるは、必ず庚・辛を以てす。一秋の中、五たび至れば、大赦あり。三たび至れば、小赦あり。白帝徳を行へば、正月二十日・二十一日を以て、月暈囲めば、常に大赦載あり、太陽有るを謂ふなり。一に曰く、白帝徳を行へば、畢・昴之が為に囲む。囲むこと三暮なれば、徳乃ち成る。三暮ならず、及び囲み合はざれば、徳成らず。二に曰く、辰を以て囲めば、其の旬を出でず。黒帝徳を行へば、天関之が為に動く。天徳を行へば、天子年を更め立つ。徳あらざれば、風雨石を破る。三能・三衡とは、天廷なり。客星天廷に出づれば、奇令有り。
現代語訳
わたしが史官の記録を見、過去の出来事を調べたところ、百年の間に、五星が現れて逆行しなかったことはない。逆行するときには、しばしば大きく明るくなって色を変える。日食・月食や、(日月が)南北に寄って運行することにも時期がある。これがその大体の法則である。だから紫宮・房心・権衡・咸池・虚危の星宿や星座は、天の五官の座席であり、経(縦糸・不動のもの)であって、移動せず、大小に差があり、広さ狭さに常がある。水星・火星・金星・木星・土星、この五星は天の五人の補佐であり、緯(横糸・動くもの)であって、現れたり隠れたりするのに時期があり、通過する際の進み遅れにも度数がある。太陽に異変があれば徳を修め、月に異変があれば刑罰を減らし、星に異変があれば和睦を結ぶ。およそ天の異変は、度を越えたときにはじめて占う。国君が強大で徳がある者は栄え、弱小で偽りを飾る者は滅びる。最上は徳を修めること、その次は政治を修めること、その次は救済を修めること、その次はお祓いを修めることであり、最も下は何もしないことである。そもそも恒星の異変はまれにしか現れず、日・月・星の三光の占いはしばしば用いられる。日月の暈やかさ、雲や風は天の客気(一時的な気)であるが、その現れ方にもまた大きな運行がある。しかも政治と連動して上下し、最も人に近い兆しである。この五つ(恒星・三光・暈・雲・風)は、天が感応して動くものである。天文暦数を扱う者は、必ず三と五(の周期)に通じていなければならない。古今の始めから終わりまでを見通し、深く時の変化を観察し、その精粗を見きわめれば、天官(天文の学)は備わる。蒼帝(東方の帝)が徳を行えば、天門がそのために開く。赤帝(南方の帝)が徳を行えば、天牢がそのために空になる。黄帝(中央の帝)が徳を行えば、天夭がそのために起こる。西北から風が吹くのは必ず庚・辛の日であり、一つの秋の間に五回吹けば大赦があり、三回吹けば小赦がある。白帝(西方の帝)が徳を行えば、正月二十日・二十一日に月の暈が(星を)囲むと、いつも大赦がある。これは太陽の気があることをいう。一説には、白帝が徳を行えば、畢宿と昴宿がそのために(暈に)囲まれる。囲まれることが三晩続けば徳が成り、三晩続かなかったり、囲みが閉じなかったりすれば、徳は成らない。二説には、辰の日に囲まれれば、その旬(十日)のうちに(赦がある)。黒帝(北方の帝)が徳を行えば、天関がそのために動く。天が徳を行えば、天子は年号を改めて立てる。徳を行わなければ、風雨が石をも砕く。三能・三衡は天の朝廷である。客星(新星)が天の朝廷に現れれば、異例の命令が出る。
解説
関連する章句
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史記 天官書日暈中道を行けば、安寧和平なり。陰間なれば、水多く、陰事あり。外北三尺は、陰星なり。北三尺は、太陰なり、大水あり、兵あり。陽間なれば、驕恣なり。陽星なれば、暴獄多し。太陽なれば、大旱あり喪あるなり。角・天門は、十月は四月と為し、十一月は五月と為し、十二月は六月と為す、水発す、近ければ三尺、遠ければ五尺。四輔を犯せば、輔臣誅せらる。南北の河を行くは、陰陽を以て言ふ、旱・水・兵・喪あり。月歳星を蝕すれば、其の宿の地、飢ゑ若しくは亡ぶ。熒惑なれば乱なり、塡星なれば下上を犯すなり、太白なれば彊国戦ひを以て敗るるなり、辰星なれば女乱るるなり。大角なれば、主命の者之を悪む。心なれば、則ち内賊の乱と為すなり。列星なれば、其の宿の地憂ふ。月食の始めの日より、五月なる者六、六月なる者五、五月なる者復た六、六月なる者一、而して五月なる者五、凡そ百一十三月にして復た始まる。故に月蝕は、常なり。日蝕は、臧からずと為すなり。甲・乙は、四海の外、日月占はず。丙・丁は、江・淮・海岱なり。戊・己は、中州・河・済なり。庚・辛は、華山より以西なり。壬・癸は、恒山より以北なり。日蝕は、国君。月蝕は、将相之に当たる。国皇星は、大にして赤く、状南極に類す。出づる所、其の下兵を起こし、兵彊し。其の衝は利あらず。昭明星は、大にして白く、角無く、乍ち上り乍ち下る。出づる所の国、兵を起こし、変多し。五残星は、正東東方の野に出づ。其の星の状は辰星に類し、地を去ること六丈可りなり。大賊星は、正南南方の野に出づ。星地を去ること六丈可り、大にして赤く、数々動き、光有り。司危星は、正西西方の野に出づ。星地を去ること六丈可り、大にして白く、太白に類す。獄漢星は、正北北方の野に出づ。星地を去ること六丈可り、大にして赤く、数々動き、之を察すれば中青し。此の四野星の出づる所、其の方に非ずして出づれば、其の下に兵有り、衝は利あらず。四塡星は、四隅に出づる所、地を去ること四丈可りなり。
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史記 天官書夫れ天の運は、三十歳にして一たび小変し、百年にして中変し、五百載にして大変す。三大変を一紀とし、三紀にして大いに備はる。此れ其の大数なり。国を為むる者は必ず三五を貴ぶ。上下各々千歳にして、然る後に天人の際続き備はる。太史公、古の天変を推すに、未だ今に考ふべき者有らず。蓋し略ぼ春秋二百四十二年の間を以てすれば、日蝕三十六、彗星三たび見はれ、宋の襄公の時に星隕つること雨の如し。天子微にして、諸侯力政し、五伯代々興り、更々命を主る。是より後、衆は寡を暴し、大は小を併す。秦・楚・呉・越は、夷狄なり、彊伯と為る。田氏斉を簒ひ、三家晋を分かち、並びに戦国と為る。攻取を争ひ、兵革更々起こり、城邑数々屠られ、因りて飢饉疾疫焦苦を以てし、臣主共に憂患し、其の禨祥を察し星気を候ふこと尤も急なり。近世十二諸侯七国相王とし、従衡を言ふ者踵を継ぎ、而して皋・唐・甘・石、時務に因りて其の書伝を論ず、故に其の占験は凌雑米塩たり。二十八舎は十二州を主り、斗秉之を兼ぬ、従りて来たる所久し。秦の疆は、候は太白に在り、狼・弧に占ふ。呉・楚の疆は、候は熒惑に在り、鳥衡に占ふ。燕・斉の疆は、候は辰星に在り、虚・危に占ふ。宋・鄭の疆は、候は歳星に在り、房・心に占ふ。晋の疆は、亦候は辰星に在り、参罰に占ふ。秦の三晋・燕・代を併呑するに及び、河山より以南の者は中国なり。中国は四海の内に於いては則ち東南に在り、陽と為す。陽は則ち日・歳星・熒惑・塡星なり。街の南に占ひ、畢之を主る。其の西北は則ち胡・貉・月氏の諸々の旃裘を衣て弓を引くの民、陰と為す。陰は則ち月・太白・辰星なり。街の北に占ひ、昴之を主る。故に中国の山川は東北に流れ、其の維は、首は隴・蜀に在り、尾は勃・碣に没す。
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史記 天官書是の日光明なれば、都邑人民の声を聴く。声宮なれば、則ち歳善く、吉なり。商なれば、則ち兵有り。徴なれば、旱。羽なれば、水。角なれば、歳悪し。或いは正月の旦より比べて雨を数ふ。率ね日に食一升、七升に至りて極まる。之に過ぐれば、占はず。数へて十二日に至れば、日は其の月に直る、水旱を占ふ。其の環りて千里の内の為に占へば、則ち天下の候と為す、正月を竟ふ。月の離る所の列宿、日・風・雲にて、其の国を占ふ。然れども必ず太歳の在る所を察す。金に在れば、穣る。水なれば、毀る。木なれば、飢う。火なれば、旱す。此れ其の大経なり。正月の上甲に、風東方よりすれば、蚕に宜し。風西方よりし、若しくは旦に黄雲あれば、悪し。冬至は短きこと極まる、土と炭とを県けて、炭動き、鹿角を解き、蘭根出で、泉水躍れば、略ぼ以て日至を知る、要は晷景に決す。歳星の在る所は、五穀逢昌す。其の対を衝と為す、歳乃ち殃有り。太史公曰く、初めて民を生じてより以来、世主曷ぞ嘗て日月星辰を暦せざらんや。五家・三代に及至びて、紹ぎて之を明らかにし、冠帯を内にし、夷狄を外にし、中国を分かちて十有二州と為し、仰いでは則ち象を天に観、俯しては則ち類を地に法る。天には則ち日月有り、地には則ち陰陽有り。天には五星有り、地には五行有り。天には則ち列宿有り、地には則ち州域有り。三光とは、陰陽の精なり、気の本は地に在り、而して聖人之を統理す。幽・厲より以往は、尚し。見る所の天変は、皆国ごとに窟穴を殊にし、家ごとに物怪を占ひ、以て時応に合はす、其の文・図籍・禨祥は法らず。是を以て孔子六経を論ずるに、異を紀して説は書かず。天道命に至りては、伝へず。其の人に伝ふるは、告ぐるを待たず。其の人に非ざるに告ぐれば、言ふと雖も著れず。昔の天数を伝ふる者は、高辛の前は、重・黎。唐・虞に於いては、羲・和。有夏は、昆吾。殷商は、巫咸。周室は、史佚・萇弘。宋に於いては、子韋。鄭は則ち裨竈。斉に在りては、甘公。楚は、唐眛。趙は、尹皋。魏は、石申。
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史記 天官書是を以て秦・晋は兵を用ふるを好み、復た太白を占ふ、太白は中国を主る。而して胡・貉は数々侵掠す、独り辰星を占ふ、辰星は出入躁疾にして、常に夷狄を主る。其の大経なり。此れ更々客主人と為る。熒惑は孛と為す、外は則ち兵を理め、内は則ち政を理む。故に曰く「明天子有りと雖も、必ず熒惑の在る所を視よ」と。諸侯更々彊く、時の菑異の記、録すべき者無し。秦の始皇の時、十五年に彗星四たび見はれ、久しき者は八十日、長さ或いは天を竟ふ。其の後秦遂に兵を以て六王を滅ぼし、中国を併せ、外は四夷を攘ひ、死人乱麻の如し、因りて張楚を以て並び起こり、三十年の間兵相駘藉し、勝げて数ふべからず。蚩尤より以来、未だ嘗て斯くの若きはあらざるなり。項羽鉅鹿を救ふに、枉矢西に流れ、山東遂に諸侯を合従し、西のかた秦人を坑にし、咸陽を誅屠す。漢の興るや、五星東井に聚まる。平城の囲みに、月参・畢に暈すること七重。諸呂乱を作すに、日蝕し、昼晦し。呉楚七国叛逆するに、彗星数丈、天狗梁の野を過ぐ。兵起こるに及び、遂に屍を伏せ血を其の下に流す。元光・元狩に、蚩尤の旗再び見はれ、長きは則ち天に半ばす。其の後京師の師四出し、夷狄を誅すること数十年、而して胡を伐つこと尤も甚だし。越の亡ぶるや、熒惑斗を守る。朝鮮の抜かるるや、星河戍に茀す。兵大宛を征するや、星招揺に茀す。此れ其の犖犖たる大なる者なり。委曲の小変に至りては、勝げて道ふべからず。是に由りて之を観れば、未だ先づ形見はれて応之に随はざる者有らざるなり。夫れ漢の天数を為す者よりして、星は則ち唐都、気は則ち王朔、歳を占ふは則ち魏鮮。故に甘・石の五星を暦する法は、唯独り熒惑のみ反逆行有り。逆行して守る所、及び他星の逆行、日月の薄蝕は、皆以て占と為す。
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史記 天官書四星合すれば、兵喪並び起こり、君子憂ひ、小人流る。五星合すれば、是を易行と為す。徳有れば、慶を受け、大人を改め立て、四方を掩有し、子孫蕃昌す。徳無ければ、殃を受け若しくは亡ぶ。五星皆大なれば、其の事亦大なり。皆小なれば、事亦小なり。蚤く出づる者を贏と為し、贏なる者を客と為す。晩く出づる者を縮と為し、縮なる者を主人と為す。必ず天応有りて杓星に見はる。舎を同じくするを合と為す。相陵ぐを斗と為す、七寸以内なれば必ず之あり。五星の色白くして圜なれば、喪・旱と為す。赤くして圜なれば、則ち中平らかならず、兵と為す。青くして圜なれば、憂ひ・水と為す。黒くして圜なれば、疾と為し、多く死す。黄にして圜なれば、則ち吉なり。赤き角は我が城を犯し、黄なる角は地の争ひ、白き角は哭泣の声、青き角は兵の憂ひ有り、黒き角は則ち水なり。意ふに、行は兵の終はる所を窮む。五星色を同じくすれば、天下兵を偃せ、百姓寧昌す。春風秋雨、冬寒夏暑、動揺すること常に此を以てす。塡星出でて百二十日にして逆に西行し、西行すること百二十日にして反りて東行す。見ゆること三百三十日にして入り、入ること三十日にして復た東方に出づ。太歳甲寅に在れば、鎮星は東壁に在り、故に営室に在り。日の行を察して以て太白を処位す。西方と曰ひ、秋、日は庚・辛、殺を主る。殺失はるれば、罰は太白に出づ。太白行を失へば、其の舎を以て国を命ず。其の出でて行くこと十八舎二百四十日にして入る。東方に入れば、伏して行くこと十一舎百三十日なり。其の西方に入れば、伏して行くこと三舎十六日にして出づ。当に出づべくして出でず、当に入るべくして入らざる、是を舎を失ふと謂ふ、破軍有らずんば、必ず国君の簒有り。
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