司馬法 / 嚴位
讓以和,人自洽。
新字:譲以和,人自洽。
書き下し
譲るに和を以てすれば、人自ら洽(あまね)し。
現代語訳
譲り合うことによって和が生まれれば、人々は自然と融け合い調和する。
解説
自分から一歩譲ることによって場に和やかさが生まれれば、人々は無理に説得されなくても自然と折り合いをつけていく。譲歩は弱さや負けではなく、周囲との摩擦を減らして物事を前に進めるための働きかけだと司馬法は捉えている。会議での意見の対立や家庭内の小さな諍いなど、誰かが一歩引くだけで場の空気が変わる場面は、日常のあちこちに潜んでいる。
この章句が説くこと
譲歩和自然な折り合い
関連する章句
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『十七条憲法』第一条一に曰わく、和(わ)を以(も)って貴(たっと)しと為(な)し、忤(さから)うこと無きを宗(むね)と為(せ)よ。人は皆(みな)党(たむら)有り、亦(また)達(さと)れる者少なし。是(ここ)を以て、或(あるい)は君父(くんぷ)に順(したが)わず、乍(あるいは)隣里(りんり)に違(たが)う。然(しか)れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事(こと)を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、則(すなわ)ち事理(じり)自(おのずか)ら通(つう)ず。何事(なにごと)か成らざらん。
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言志四録・南洲手抄三軍和せずば、以て戦を言ひ難し。百官和せずば、以て治を言ひ難し。書に云ふ、寅を同じうし恭を協せ和衷せよやと。唯だ一の和字、治乱を一串す。
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論語 学而第一有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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易経・彖伝夬(かい)は、決なり。剛の柔を決するなり。健にして説(よろこ)び、決して和す。「王庭に揚(あ)ぐ」とは、柔の五剛に乗ればなり。「孚(まこと)ありて号(さけ)ぶ、厲(あや)うきあり」とは、其の危うきこと乃ち光(おお)いなればなり。「邑(ゆう)より告ぐ、戎(じゅう)に即(つ)くに利あらず」とは、尚(たっと)ぶ所乃ち窮すればなり。「往(ゆ)く攸(ところ)あるに利あり」とは、剛長じて乃ち終わればなり。
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呂氏春秋・大樂①音樂の由りて來たる所の者は遠し。度量に生じ、太一に本づく。太一は兩儀を出だし、兩儀は陰陽を出だす。陰陽は變化して、一上一下、合して章を成す。渾渾沌沌として、離るれば則ち復た合い、合えば則ち復た離る。是を天常と謂う。天地は車輪のごとし。終れば則ち復た始まり、極まれば則ち復た反り、咸な當たらざるは莫し。日月星辰、或いは疾く或いは徐ろに、日月は同じからずして、以て其の行を盡くす。四時は代々る興りて、或いは暑く或いは寒く、或いは短かく或いは長く、或いは柔らかく或いは剛し。萬物の出づる所は、太一に造まり、陰陽に化す。萌芽始めて震き、凝寒して以て形す。形體は處有れば、聲有らざるは莫し。聲は和に出で、和は適に出づ。和適、先王樂を定めて、此に由りて生ず。
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葉隠・聞書第一その人の恥にならぬように、その場をよいように取りなすのが侍の仕事である。御祝言の御道具の詮議(せんぎ)の時分、何某(なにがし)殿が仰せられたのは、「琴・三絃(さんげん)が、その書付(かきつけ)に見えません」ということであった。翌日仰せられたのは、「あらかたを申して差し止めた。極上のものを二通(とおり)ずつと書き付けよ」とのことであったという。ある人が話して、「御道具がなくても事は足りるものだ。これは気味(きみ)のよい人であるよ」と申したところ、「いやいや、それがよからぬ所存(しょぞん)である。すべて我が威勢立(いせいだ)ての言い分だ。おおかた他方者(たほうもの)にある事である。道を知る者ならば、たとえ不要と決まっているものであっても、御尤(ごもっと)もと存じ奉る」とのこと。さりながら、それは追って吟味いたしましょうなどと申して、その人の恥にならぬように、その場をよいように取りなすことこそ侍の仕事である。しかも入(い)るべき物ゆえ、翌日は書き汚(きた)なく麁相(そそう)の心入れで、当座に貴人に恥をかかせ、何の詮(せん)もなく、汚なく麁相の心入れである。