説苑 / 反質
晉文公合諸侯而盟曰:「吾聞國之昏,不由聲色,必由姦利好樂,聲色者,淫也;貪姦者,惑也,夫淫惑之國,不亡必殘。自今以來,無以美妾疑妻,無以聲樂妨政,無以姦情害公,無以貨利示下。其有之者,是謂伐其根素,流於華葉;若此者,有患無憂,有寇勿弭。不如言者盟示之。」於是君子聞之曰:「文公其知道乎?其不王者猶無佐也。」
新字:晋文公合諸侯而盟曰:「吾聞国之昏,不由声色,必由姦利好楽,声色者,淫也;貪姦者,惑也,夫淫惑之国,不亡必残。自今以来,無以美妾疑妻,無以声楽妨政,無以姦情害公,無以貨利示下。其有之者,是謂伐其根素,流於華葉;若此者,有患無憂,有寇勿弭。不如言者盟示之。」於是君子聞之曰:「文公其知道乎?其不王者猶無佐也。」
書き下し
晉の文公諸侯を合わせて盟いて曰く、「吾聞く、國の昏きは、聲色に由らず、必ず姦利好樂に由る。聲色とは、淫なり。貪姦とは、惑なり。夫れ淫惑の國は、亡びずんば必ず殘わる。今自り以來、美妾を以て妻を疑う無かれ、聲樂を以て政を妨ぐる無かれ、姦情を以て公を害する無かれ、貨利を以て下に示す無かれ。其れ之有る者は、是を其の根素を伐りて、華葉に流ると謂う。此くの若き者は、患有りて憂い無く、寇有りて弭むる勿かれ。言に如かざる者は之を盟いて示さん。」と。是に於て君子之を聞きて曰く、「文公其れ道を知れるか?其れ王たらざるは猶お佐無ければなり。」と。
現代語訳
晋の文公が諸侯を集めて盟約を結び、こう言った。「私が聞くところでは、国が暗愚になるのは、色恋沙汰そのものによるのではなく、必ず不正な利益や享楽を好むことによるという。色恋とは、それ自体が淫らなことである。貪欲と不正とは、道理を見失わせる惑いである。そもそも淫らさと惑いに満ちた国は、滅びないまでも必ず衰退する。今後は、美しい妾によって正妻を疑うことがあってはならず、音楽や享楽によって政治を妨げてはならず、不正な情実によって公の利益を損なってはならず、財貨や利益をもって下の者に示す(利益誘導する)ことがあってはならない。もしこれらのことがあれば、それは自らの根本を切り倒して、末端の華やかさに流されることだと言う。このような国には、憂いよりも(実際の)禍が訪れ、外敵が来ても防ぐことができない。もしこの言葉に従わない者があれば、この盟約をもって示そう。」これを聞いた君子は言った。「文公はまさに道を知っている人物だ。それでも彼が真の王者になれなかったのは、なお十分な補佐する賢臣がいなかったからだろう。」
解説

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説苑・敬慎大功の効は、賢を用い道を積むに在り、浸く章らかに浸く明らかなり。衰滅の過ちは、意を得て怠るに在り、浸く蹇に浸く亡ぶ。晋の文公是れ其の効なり。晋の文公亡命に出で、道を修めて休まず、国を饗くるに至るを得たり。国を饗くるの時、上に明天子無く、下に賢方伯無く、強楚会を主どり、諸侯背畔し、天子道を失い、出でて鄭に居る。文公是に於て中国の微なるを憫れみ、咎犯・先軫・陽処父に任じ、百姓を畜愛し、戎士を厲養し、四年にして政治内に定まり、則ち兵を挙げて衛を伐ち、曹伯を執え、還りて強楚を敗り、威天下に震い、明王法もて諸侯を率いて天子に朝せしめ、敢えて聴かざる莫く、天下曠然として平定し、周室尊顕す。故に曰わく大功の効は、賢を用い道を積むに在り、浸く章らかに浸く明らかなりと。文公是に於て覇功立ち、期至りて意を得るに湯武の心あり、作して其の衆を忘れ、一年三たび師を用いて、且つ休息せず。遂に進みて許を囲み、兵亟しく弊れて服する能わず、諸侯を罷めて帰り、此より政事に怠り、狄泉の盟を為すに、親ら至らず、信衰え誼欠け、羅の補われざるが如く、威武詘折して信ぜられず、則ち諸侯朝せず、鄭遂に叛き、夷狄内侵し、衛商に遷りて止まる。故に曰わく、衰滅の過ちは、意を得て怠るに在り、浸く蹇に浸く亡ぶと。
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説苑・貴德周の天子家父・毛伯をして金を諸侯に求めしむ、春秋之を譏る。故に天子利を好めば則ち諸侯貪り、諸侯貪れば則ち大夫鄙しく、大夫鄙しければ則ち庶人盗む、上の下を変ずるは、猶ほ風の草を靡かすがごとし。故に人君たる者は貴徳賤利を明らかにして以て下を道く、下の悪を為すこと、尚ほ止むべからず、今隠公利を貪りて身自ら漁し、上に済りて八佾を行ふ、此を以て国人に化す、国人安んぞ義に解けざるを得んや、義に解けて其の欲を縦にすれば、則ち災害起りて臣下僻す、故に其の元年始めて螟を書す、災将に起らんとするを言ひ、国家将に乱れんとするを云ふのみ。
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説苑・反質季文子魯に相たり、妾帛を衣ず、馬粟を食らわず。仲孫它諫めて曰く、「子魯の上卿為るに、妾帛を衣ず、馬粟を食らわず、人其れ子を以て愛と為し、且つ國を華ならしめずと為さん。」と。文子曰く、「然るか?吾國人の父母の麤を衣、蔬を食らうを觀る、吾是を以て敢えてせざるなり。且つ吾聞く君子は德を以て國を華ならしむ、妾と馬とを以てすとは聞かず。夫れ德とは我に得て、又彼に得る、故に行うべし。若し奢侈に淫し、文章に沈まば、自ら反る能わず、何を以て國を守らんや?」仲孫它慚じて退く。
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国語・晋語一郭偃(かくえん)曰く、「夫れ三季の王の亡ぶるや宜なり。民の主なるに、惑いを縦(ほしいまま)にして疚(や)まず、侈(おご)りを肆(ほしいまま)にして違わず、志を流して行い、疚まざる所無し。是を以て亡に及びて追鑒(ついかん)を獲ず。今晋国の方は、偏侯なり。其の土又小さく、大国側に在り。惑いを縦にせんと欲すと雖も、未だ専らにするを獲ざるなり。大家・鄰国将に之を師保せんとす。多くして驟(しばしば)立つるも、其れ集(いた)りて亡びざらん。驟立つと雖も、五に過ぎず。且つ夫れ口は、三五の門なり。是を以て讒口の乱は、三五に過ぎず。且つ夫れ挟むは、小鯁(しょうこう)なり。以て小しく戕(そこな)うべくして、国を喪う能わず。之に当たる者は戕われん。晋に於いて何の害かあらん。之を挟むと謂うと雖も、而も猾するに歯牙を以てすれば、口堪えざるなり。其れ与(とも)にすること幾何ぞ。晋国の懼るること則ち甚だしきも、亡ぶること猶お未だしなり。商の衰うるや、其の銘に之有りて曰く、『嗛嗛(けんけん)の徳は、就くに足らざるなり。以て矜(ほこ)るべからずして、祇(ただ)に憂いを取るなり。嗛嗛の食は、狃(な)るるに足らざるなり。膏と為る能わずして、祗(ただ)に咎(とが)に罹(かか)るなり』と。驪の乱と雖も、其の咎に罹るのみ。其れ何ぞ能く服せん。吾聞く、乱を以て聚むるを得る者は、謀に非ざれば時を卒えず、人に非ざれば難を免れず、礼に非ざれば年を終えず、義に非ざれば歯を尽くさず、徳に非ざれば世に及ばず、天に非ざれば数を離れずと。今其の安きに拠らざれば、能く謀ると謂うべからず。之を行うに歯牙を以てすれば、人を得たりと謂うべからず。国を廃して己に向かわしむれば、礼と謂うべからず。度らずして迂求すれば、義と謂うべからず。寵を以て怨みを賈(か)えば、徳と謂うべからず。族少なくして敵多ければ、天と謂うべからず。徳義行われず、礼義則(のっと)られず、人を棄て謀を失わば、天も亦賛(たす)けず。吾君夫人を観るに、若し乱を為さば、其れ猶お隷農のごときなり。沃田を獲て勤めて之を易(おさ)むと雖も、将に饗(う)くるに克(た)えずして、人の為にするのみならん」と。 士蒍(しい)曰く、「誡めは豫(あらかじ)めするに如くは莫し。豫めして後に給(た)る。夫子之を誡む。抑々二大夫の言は其れ皆有らん」と。 既にして、驪姫克たず、晋秦に正され、五たび立てて後に平らぐ。
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