説苑 / 反質
衛叔孫文子問於王孫夏曰:「吾先君之廟小,吾欲更之,可乎?」對曰:「古之君子,以儉為禮;今之君子,以汰易之。夫衛國雖貧,豈無文履一奇,以易十稷之繡哉?以為非禮也。」文子乃止。
新字:衛叔孫文子問於王孫夏曰:「吾先君之廟小,吾欲更之,可乎?」対曰:「古之君子,以倹為礼;今之君子,以汰易之。夫衛国雖貧,豈無文履一奇,以易十稷之繡哉?以為非礼也。」文子乃止。
書き下し
衛の叔孫文子王孫夏に問いて曰く、「吾が先君の廟小なり、吾之を更めんと欲す、可なるか?」對えて曰く、「古の君子は、儉を以て禮と為す。今の君子は、汰を以て之に易う。夫れ衛國貧しと雖も、豈に文履一奇を以て、十稷の繡に易うる無からんや?以て禮に非ずと為すなり。」文子乃ち止む。
現代語訳
衛の叔孫文子が王孫夏に尋ねた。「私の先君の廟が小さいので、これを改築したいと思うが、よいだろうか。」王孫夏は答えた。「古代の君子は、倹約を礼の基本としていました。今の君子は、贅沢によってこれ(古の礼)を変えてしまっています。そもそも衛の国は貧しいとはいえ、どうして飾り立てた履物一足分の費用を、十稷(単位)もの刺繍布に取り替えることができないことがありましょうか(できないはずがない、つまりやろうと思えばできてしまう)。しかしそれを礼に反することだと考えるのです。」文子はそこで改築を思いとどまった。
解説
「できるかどうか」ではなく「すべきかどうか」を問う王孫夏の答えは、財力があれば贅沢な改築も物理的には可能だが、それが礼(節度)にかなうかどうかは別問題だという重要な区別を突きつけている。国が貧しいという現実的な制約を理由に挙げるのではなく、古の君子が倹約を礼の本質と考えていたという原則論に訴えかけることで、先君への敬意は建物の豪華さではなく、質素を尊ぶ精神そのものに宿るのだと諭している。この教えは、余力があるからといって安易に規模や体裁を拡大することへの戒めとして、現代の組織運営や公共事業にも通じる普遍性を持つ。
この章句が説くこと
倹約の礼できるとすべきの区別先例への敬意
関連する章句
-
説苑・反質季文子魯に相たり、妾帛を衣ず、馬粟を食らわず。仲孫它諫めて曰く、「子魯の上卿為るに、妾帛を衣ず、馬粟を食らわず、人其れ子を以て愛と為し、且つ國を華ならしめずと為さん。」と。文子曰く、「然るか?吾國人の父母の麤を衣、蔬を食らうを觀る、吾是を以て敢えてせざるなり。且つ吾聞く君子は德を以て國を華ならしむ、妾と馬とを以てすとは聞かず。夫れ德とは我に得て、又彼に得る、故に行うべし。若し奢侈に淫し、文章に沈まば、自ら反る能わず、何を以て國を守らんや?」仲孫它慚じて退く。
-
説苑・反質齊の桓公管仲に謂いて曰く、「吾が國甚だ小にして、財用甚だ少なきに、群臣の衣服輿駕甚だ汰なり、吾之を禁ぜんと欲す、可なるか?」管仲曰く、「臣之を聞く、君之を嘗むれば、臣之を食らう。君之を好めば、臣之を服す。今君の食らうや必ず桂の漿、練紫の衣を衣、狐白の裘なり。此れ群臣の奢汰する所なり。詩に云う、『躬らせず親らせざれば、庶民信ぜず。』君之を禁ぜんと欲せば、胡ぞ自ら親らせざる?」と。桓公曰く、「善し。」と。是に於て練帛の衣、大白の冠に更制し、朝すること一年にして齊國儉なり。
-
荀子・大略篇寝は廟を踰えず、讌衣は祭服を踰えず、礼なり。
-
説苑・修文公孟子高顓孫子莫に見えて曰く、「敢えて問う、君子の禮は何如。」顓孫子莫曰く、「爾の外厲を去り、爾の內折を與にし、色勝ちて心自ら之を取る、三者を去りて可なり。」公孟知らずして以て曾子に告ぐ、曾子愀然として逡巡して曰く、「大なるかな言や!夫れ外厲なる者は必ず內折し、色勝ちて心自ら之を取る者は必ず人の役と為る。是の故に君子は德行成りて容知らず、聞識博くして辭爭わず、知慮微達して能愚ならず。」と。
-
説苑・反質趙の簡子弊車瘦馬に乘り、羖羊の裘を衣る、其の宰進みて諫めて曰く、「車新たなれば則ち安く、馬肥ゆれば則ち往來疾く、狐白の裘は溫にして且つ輕し。」と。簡子曰く、「吾知らざるに非ざるなり。吾之を聞く、君子善を服せば則ち益々恭しく、細人善を服せば則ち益々倨ると。我以て自ら備う、恐らくは細人の心有らんことをと。傳に曰く、周公位尊くして愈よ卑く、敵に勝ちて愈よ懼れ、家富みて愈よ儉なり、故に周氏八百餘年なり、此を之れ謂うなり。」と。
-
説苑・反質魯に儉なる者有り、瓦鬲もて食を煮て、之を食らいて美なりとし、之を土鈃の器に盛りて、以て孔子に進む。孔子之を受け、歡然として悅び、太牢の饋を受くるが如し。弟子曰く、「瓦甂は、陋器なり。煮食は、薄膳なり。而るに先生何ぞ此くの如く喜ぶや?」孔子曰く、「吾聞く、諫を好む者は其の君を思い、美を食らう者は其の親を念うと。吾饌を以て厚しと為すに非ざるなり、其の食の美なるを以て我が親を思うなり。」と。